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グレッグ・レイク2周忌_ブライアン・メイとの関係は?

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    今日12月7日はグレッグ・レイクの命日ですね。2周忌になりますか。

     

     


    Lucky Man: The Autobiography

     

    グレッグの自伝を入手してから1年以上経ちますが、何やかやで忙しくて、未だに読み終えていません。

    実は私、まだ辞書なしでは読めませんので、翻訳本が出ないかなぁ、と内心思っています。

     

    生前グレッグはドキュメンタリーフィルムを作っていた、という情報もあるようです。本当であれば、是非DVD化して欲しいですね。

     

    In Remembrance of a Lucky Man,Greg Lake: 1947-2016

     

    ところで、一昨年グレッグがガン(末期の膵臓ガンだったようです)で死去した際、クイーンのブライアン・メイが自身のHPのbri's soapboxに、奇妙な書き込みをしていたのを、私は覚えています。

     

     

    "Greg Lake

     

    RIP

     

    Bri"

     

     

    という、異様な程素っ気ないもので、一体ブライアンはどうしたのだろう、と思ったものでした。

     

     


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    考えてみると、ミュージシャンとしてはあまり接点がなさそうなブライアンとグレッグですが、2人共人権保護、動物愛護の活動をしているようです。

    また、ブライアンは何年か前に、ガンの疑い有り、ということで精密検査を受けています。

    そうなると、要定期検査、となることが多いので、2人が同じ病院に通っていた時期があったとしても、不思議ではないように思えますが。

     

    ブライアンは、グレッグとそういう所で接点があったのかも知れませんね。そして、グレッグが自分の病気を公表したがらないことを、聞いていたのかも知れません。

     

    グレッグは晩年、信頼できるジャーナリストだけに自分の病気を明かし、そのジャーナリストは、彼が亡くなるまで、その際のインタビューを公表することはありませんでした。

     

    Greg Lake opened up about the joy of music in emotional last interview

     

    ブライアンは大抵、接点のあるミュージシャンの訃報を知ると、そのミュージシャンと自分がどういう関わり合いがあったか説明しながら追悼文を書いています。しかしながら、グレッグの訃報を知った時には、彼の意思を尊重しようとして、何も書かずにいたのかも知れません。

     

    もしそうだとすれば、あの素っ気ない追悼文は、いかにもブライアンらしいように思えます。

     

     

     


    このフレディだけは何とかして欲しい…映画「ボヘミアン・ラプソディ」

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      映画「ボヘミアン・ラプソディ」が大ヒット中で、TVニュースで取り上げられるわ、週刊誌に載るわ、洋楽専門誌は特集を組むわで、大変なことになっています。

       

      私も2度観に行って、もう一度観たいと思っている方なんですが、ちょっとあのシーンだけはない方がいいんじゃないか、と思うところがあるんですよね。

       

      (以下、ネタバレです)

       


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      クイーンがまだ無名時代、フレディの実家で、クイーンの面々、メアリーとその父親、フレディの家族でのバースデイパーティーのシーンがありますが、そこでフレディがメアリーに暴言を吐くと、メアリーに

       

      「父は唇が読める。」

       

      と注意されます。

       

      後で知ったのですが、メアリーの父親は聴覚障害があったようなんですね。

      映画の中のフレディは、そういう人の前で、どうせ聞こえはしないからと、下品なジョークを吐く人間として描かれているわけです。

       

      …ちょっとこれはないんじゃないかな、と…。

       

      実際のフレディは、映画のような問題児ではなかったことは、関係者が証言していますし、映画として見ても、こういうのはいかがなものかと思うのですが。

       

       

       


      映画「ボヘミアン・ラプソディ」ー伝記ではなく70年代~80年代の若者へのオマージュ

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        昨日、二度目の「ボヘミアン・ラプソディ」を観てきました。 

         

         


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        正直、クイーンの伝記映画にしては余りにも事実と違う内容で、私のようなクイーンおたく的なファンには、しっくり来ないところも多い映画です。 

        フレディの信奉者的なファンなら 
        「冒涜だ!」 
        と思ってもおかしくない位、ラミ・マレック演じるフレディは、性格が違います。 
        ブライアンやスタッフ達の話では、実際のフレディはあんなトラブルメーカーではなく、温厚な大人で、しかもクイーンの中では一番年上だったので、自然とリーダー的存在になるタイプだったようです。 
        鋭角的な顔立ちのフレディに比べて、童顔で目の大きい、ラミ・マレックのキャラクターに合わせる必要があったのかも知れませんが。 

         

         


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        そもそも、クイーンがロックスターとして生き残る中で抱えてきた問題は、映画にあるような単純なものではなかったようです。 
        お陰で、精神を病むことなく生き残れたメンバーはロジャー・テイラー1人だけ。 
        フレディはエイズの治療法がない時代に、めちゃくちゃな夜遊びに走って寿命を縮め、ジョンはアルコール依存と、頼りにしていたフレディの死を乗り越えられず、ロジャーから「ソシオパス」と呼ばれる引き籠りに。 
        ブライアンも90年代には鬱に苦しみ、どうやら今もパニック障害を抱えているらしい。 
        何故私がこんなことを知っているかと言えば、鬱と戦い内省的だったころのブライアンが、インタビューで、こんなことしか語っていなかったからですし。 

        なのに、何故か私はこの映画がとても好きで、元気が出るから何回も見たい、と思うわけです。 
        昨日も何やかやと忙しかったのですが、 
        「何が何でも今日行く!」 
        と2度目の"BO-RHAP"を強行してしまいました。 


        それで思ったのですが、この映画は、元々クイーンの伝記映画ではなかったのではないかな、と。 
        むしろ、クイーンと70年代~80年代の若者へのオマージュ、とでも呼べばいいのか…そういう風な映画なのではないかと。 

        もしそうだとすれば、70年代が10代、80年代が20代にほぼ当てはまる私などは、ターゲットとして、どストライクなわけです。 
        そういう世代から見たら、この映画は、例えば「フラッシュダンス」あたりと同系列の作品と感じるようにも思えます。 

         


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        そう言えば、私は仕事の関係で、映画を観るのは平日の昼間になります。 
        そのせいもあってか、客席にリアルタイムのクイーンファンより更に年上の、70前後にしか見えない男女をよく見かけました。 
        そういう年恰好のクイーンファンがいてもおかしくはありませんが、案外あの人達は、この映画に70年代初頭の洋画と同じ匂いを感じて観に来たのかも知れない、などと思ったりしましたが。 
        若者の孤独や世の中の理不尽さを題材にして、なおかつ社会的ではなく、あくまでエンターテイメント主体の洋画が、昔は沢山あったように思います。 

         


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        クイーンのメンバーの2人、ブライアンとロジャーは、この映画を観た後しばらくは何も言えず、その後 監督に
        「素晴らしい!」 
        と言ったたそうです。 

        多分、フレディも、この映画を好きになるんじゃないでしょうか? 
        「オレは若い頃でも、もっとしっかりしていたぞ!」 
        とか、文句のひとつも言うかも知れませんが。

         


        11/9朝イチで 映画「ボヘミアン・ラプソディ」観てきました!(ネタバレ有)

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          朝一番で観てきました!「ボヘミアン・ラプソディ」!!

           

           


          ボヘミアン・ラプソディ(オリジナル・サウンドトラック)

           

           

          以降、ネタバレ有の感想になります。

           

          まず、クイーンの記録映画を期待する方にはお薦め出来ません。時系列を無視したところがありますので。

          事実と違うエピソードも結構あります。

          案の定、フレディはブライアンとロジャーの2人と、いささかドラマティックな出会い方をしています。友達の友達が友達になったようには描かれていません。

          また、フレディが「スマイル」のファンやロジャーに、「パキ(スタン)野郎」と罵られるシーンがありますが、これは実際にはなかったのではないかなぁ、と。

          確かフレディのアート・カレッジ時代の友人が、

          「フレディもその家族も、本当に大人しくて静かだった。こちらが、もしかしたら本当に差別を受けているのだろうか、と思う位に。

          何でもないことまで差別と感じていたのかも知れない。」

          と語っていたりで、フレディは少なくとも友人達の間では、移民として差別されてはいなかった印象があるのですが。

           

          ちなみに、イギリス在住の人から見ると、フレディはパキスタン難民のように見えるらしいです。まあ、ペルシャ(イラン)系インド人なので、その間のパキスタン人のように見えても不思議ではないですね。

           

          (どうやら、パキというのは、インド・パキスタン系に対する蔑称のようですが。)

           

          案の定、トライデントとの軋轢は省略されていたりと、ビジネス面での問題やら、メンバー間の利権やら音楽やらステージアクトやらでの意見の衝突や喧嘩やら、そういうものは、実話通りには描かれていません。

           

          実際に映画を観てみると、ブライアン役のグウィリム・リーは本当にそっくり。フレディ役のラミ・マレックは、本人にそっくりというわけではないのですが、本当にフレディが乗り移ったかのような印象でした。ロジャーを演じるベン・ハーディは、あまり本人と似ていない、という前評判通りでしたが、表情がそっくりでした。逆に、ジョン役のジョー・マッゼロは、顔立ちは本人によく似ていましたが、本人と比べて表情が豊か過ぎる感じでした。

           

          思えば、30過ぎても女子高生のコスプレを堂々と着こなせたりと、いつまで経っても美少年だったロジャーの、そっくりさんを見つけ出すのは至難の業かも知れないですね。

          いたとしても、ナルシスト然としたモデルか何かだったりするかも知れません。

          若い頃あれだけのイケメンでありながら、ナルシシズムに走らず、茶目っ気たっぷりの威勢のいいロックンローラーだったロジャーというのは、なかなか面白い人物なのかも知れない、などと思ったりしてますが。

           

          私はこの映画は、押し潰されそうになりながらも、孤独に負けまいと戦い続ける若者の話だな、と思いました。

          フレディの死後、ソロ活動をしながら、クイーン時代の自分、あるいは自分達が、いかに孤独に押し潰されそうであったか、信じられない程に飢えていたかを語っていたブライアンを思い出し、涙が出てくるのには困りました。

           

          映画館の音響と暗闇の中で、大きなスクリーンで観るべき映画だと思います。


          映画「ボヘミアン・ラプソディ」明日公開!

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            映画「ボヘミアン・ラプソディ」、いよいよ明日公開されます。

            昨日は来日したBo-Rhap Boysも登場したジャパン プレミアが行われたようですね。

             

            個人的には、ブライアン役のグウィリム・リーを、よくぞ見つけて下さった、と思っています。

            20代から30代を演じられる年恰好の、ブライアンと顔立ち背格好、声や話し方まで、ここまでそっくりな俳優なんてよくいたものだと、初めて見た時にはびっくりしましたっけ。

             

            フレディ・マーキュリーを演じるラミ・マレックの演技が絶賛されていますね。

            フレディになりきる為に、付け歯をつけて撮影したことが話題になっていますが、フレディが気にしていた出っ歯の原因となった4本の過剰歯というのは、親知らずのことではないでしょうか?

            この言葉が最初に使われたのは、写真家ミック・ロックの"Blood and Glitter"だったと思いますが、確か欧米人には生えないので、欧米には「親知らず」という言葉がない、と聞いたことがあるような…。

            実は私もそうなのですが、フレディも小学校高学年位の早い時期に親知らずが生えてしまって、歯並びが悪くなったのではないかな、と思ってますが。

            ちなみに私は出っ歯にはならず、乱杭歯になりましたが。

             

             


            Blood & Glitter

             

             

            映画「ボヘミアン・ラプソディ」ですが、やはり映画ですので、トレーラーを見ただけでも事実と同じわけではないのは想像出来ます。

            フレディとブライアン、ロジャーの出会いですが、フレディはスマイルのヴォーカル&ベースのティム・スタッフェルとは美術大学の同級生で、ブライアンとロジャーは友達の友達に当たるのですが、映画ではもう少しドラマティックな出会い方をしていそうですし。

             

             


            Gettin' Smile + Obi

             

             

            また、「ボヘミアン・ラプソディ」では、フレディが自分の病気を他のメンバーにカミングアウトするのは、「ライブ・エイド」の直前のようですが、実際にはアルバム「ミラクル」の前だったようですし。

            マネージャーだったジョン・リードとの出会いも描かれているようですが、トレーラーの印象からすると、最初のマネージメント会社のトライデントとの確執は、はぶかれているかも知れないなあ、と思っていますが。

            そうなると、「オペラ座の夜」レコーディング当時、クイーンのメンバーはトライデントに搾取された為に、金銭的に破綻しかけていて、解散引退を覚悟していた、なんて話も、出て来ないのかも知れませんね。

            それに、80年代初頭のロジャーとブライアンの確執は有名で、フレディが緩衝材になったり、仲介役になったりしてくれなくては、下手をすれば解散していたかも知れない、というのは有名な話ですが、映画の中ではロジャーとフレディの確執になっていそうな感じがします。

             

             


            Classic Queen

             

             

            幸いにして、午後は無理ですが、明日の朝イチの放映は見ることが出来そうなので、最寄りの映画館に頑張って行こうと、現在準備中です。

            勿論、一張羅のクイーンTシャツを着ていきますとも(笑)。

             


            森茉莉「曇った硝子」読みました

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              JUGEMテーマ:読書感想文

               

              森茉莉の「曇った硝子」が安野モヨコ編「晩菊 女体についての八編」に入っていると知り、さっそく取り寄せて読みました。

              個人的な感想ですが、書いてみたいと思います。

               

               

              私が読んで最初に思ったことというのが、

               

              「なかなか物語の中に入っていけなくて、読み辛い」

               

              でした。

               

              確か、この「曇った硝子」は、森茉莉が室生犀星に見せたところ、

              「これでは読者が入っていけない」

              と批判され、それに森茉莉本人が、

              「実は私も入っていけないのでございます。」

              と応えた、と、「贅沢貧乏」の中のエッセイにあったと思うのですが。


              贅沢貧乏 (1978年) (新潮文庫)

               

              初期の作品のせいか、森茉莉お得意の情景描写が、描写じゃなくて説明になっているんですね。

              だから読者が、作品に書かれた情景を頭の中に思い浮かべて陶然とすることが出来ず、

               

              「これはねっ、こうでこうでこうなの!それでこっちはねっ、こんな風でこうなってこうなのっ!それであっちはこんな具合でこんな風!わかった!?」

               

              とか、まくし立てられたような気持ちになって、思考停止してしまうような…。

               


              女体についての八篇 晩菊 (中公文庫)

               

              この小説の内容は、はっきり言って醜悪なものです。

              偉大な父を持つ、明治生まれの元令嬢だった一人暮らしの中年女から、前夫との間に生まれた長男と、前夫の後妻がグルになって土地と貯金を騙し取った。

              しかも長男は妻がいるのに愛人を作り、元令嬢の中年女はこの愛人と仲が良かったので、逢い引きの場として自分の部屋を提供し、2人して長男と一緒に住むことを懇願していた。

              この長男は文学者で肩書は立派でも、責任感というものがカケラもない、ヒモ体質を絵に描いたような男だった。

              前夫の後妻はこの長男を思いのままに操ることで、体面を保てるレベルの生活を営んでいた、というような。

               


              父の帽子・濃灰色の魚 森茉莉全集 第1巻

               

              立派な学者のパッパに

              「お茉莉は上等」

              と言われて育った日々を心の糧にしていた森茉莉にとって、かなり辛いことだったと思いますが、そういう自分の心情について、作品内では全く触れられていません。

               

               


              鴎外の子供たち―あとに残されたものの記録 (ちくま文庫)
               

               

              森鷗外の三男、森類は「鷗外の子供たち」で家族や自分についてあけすけに語り過ぎて、姉の森茉莉、小堀杏奴に絶縁されています。

              この辺の事情について、ネットで調べるとすぐに出てきます。

              個人的には、森茉莉も小堀杏奴も、妙に自分の実家を神聖視していて、見栄っ張りでうわべを取り繕うのに必死なところがあるな、とも思ったのですが。

               

              これはあくまでも私個人の思い付きなのですが、もしかしたら森茉莉は、この実子とその義母の詐欺行為と、それに引っかかってしまった間抜けな自分を美しく昇華する為に、「恋人たちの森」「日曜日には僕は行かない」「枯葉の寝床」を書いたのではないでしょうか。

               

              自分も文学者という立派な肩書を持ちたい。でもこの時代殆どの育ちの良い女性は、今の中学レベルに当たる女学校しか出して貰えず、学者にはなれない。

              だから小説の中の自分を男にする。そして、男になった自分は小説の語り手で、文学者の美丈夫である、という風に設定する。

              しゃかりきに働くような野暮な真似は嫌だから、美丈夫は親の遺産で優雅に暮らしているという設定にして、自分の長男によく似た、贅沢好きでヒモ体質で、品のある美貌の嫩い男を扶養させる。

               

              そして、「恋人たちの森」では、美丈夫の年上の愛人で、老醜に悩む中年女に美丈夫を殺させる。

              嫩者は悲しむが、すぐに元気を取り戻し、近いうちに別の寄生先を見つけそうな雰囲気の中でお話は終わる。

              最初の作品では、美丈夫は自分と同じ、見捨てられた被害者となる。

               

              「日曜日には僕は行かない」では、どっちつかずの嫩者は、美丈夫に強く言われて婚約者の女性を裏切り、その母親もやり込め、最後には婚約者の女性を死なせた共犯者となる。

               

              「枯葉の寝床」になると、他の男に肉体的に惹かれている嫩者を美丈夫が殺し、その死体を誰にも見つからない所に隠して所有し、美丈夫は最後の作品を書き上げてから後追い自殺をする。

               

              不実な裏切者の、愛する長男を所有したい。そして最後には殺してしまいたい。

              息子と共犯の、義母や妻といった卑しい女達も死なせたい。そもそも最初からそんなもの、存在しなければ良かったんだ。

               

              …というような心に秘めた願望を、森茉莉はジャン・クロード・ブリアリとアラン・ドロンの写真をモチーフに、作品として書いたのだとしたら…。

               

              森茉莉という人、自称する性格とは裏腹に、かなりネチっこい女性のような…。

              ………うーん…。


              ミュージックライフクラブによるジョン・ディーコンの近況

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                ミュージックライフクラブに、こんな記事を見つけました。

                 

                クイーンの元ベーシスト、ジョン・ディーコンの今

                 


                Queen Freddie Mercury Brian Mayジョン・ディーコン煙FilledステージCool 16 x 20キャンバス

                 

                この中でロジャーがジョンを、「社会病質者」と呼んでいるのに驚いて、この元になったDaily Mail誌の記事がないか探したところ、すぐに見つかりました。

                 

                Ex-Queen bassist John Deacon…

                 

                元記事の中でも、ロジャーはジョンを、「本当に社会病質者=ソシオパス」と称しています。

                 

                サイコパスとは違う?!【ソシオパス(社会病質者)とは?】

                 

                ブライアンによれば、ジョンは35年程前に酒とドラックに溺れて病んでしまい、まだ立ち直れずにいる、とのこと。

                レコーディング中にジョンがいきなり、「バリに行く」と姿をくらまし、数日後に日焼けして帰ってきた、というエピソードは色々な所で語られていますが、この時ジョンは、バリで神様か何かを見た、とも。

                 

                ロジャーがジョンをソシオパスと呼ぶのは、90年代以降、フレディが亡くなりジョンが引退した後も、自分はブライアンと2人でクイーン名義の活動を行なっている。それによる収益は、クイーン名義である以上、ジョンにも分配されている。にもかかわらず、ジョンからは何の音沙汰もなく、何の協力もしようとしないからではないでしょうか。

                舞台"We Will Rock You"にせよ、ポール・ロジャースやアダム・ランバードとのワールドツアーにせよ、今回の映画「ボヘミアン・ラプソディ」にせよ、ロジャーとブライアンは大金を投じ、時間も労力もつぎ込んで、それこそ最近では2人共老体に鞭打つような状況で頑張っている筈ですから。

                あるいは、後天的ストレスが原因で、やって良いことと悪いことの区別がつかなくなっている人、という意味で、ソシオパスという言葉を使っているのでしょうか?

                 

                 

                 

                 


                クイーンの真実

                 

                 

                そう言えば、80年代初頭に来日した時、ジョンは自分を「別名ディスコ ディーコン」と称して毎日ディスコ通い(今はディスコではなくクラブと言うのでしたっけ?)をしていた、という雑誌記事があったように思います。

                酒に飲まれる方なのに、飲んでメチャクチャな踊り方をするのですぐに酔っ払い、台から落ちたりして大変だったと、日本側の関係者がぼやいていましたっけ。

                 

                 


                クイーン (2) (シンコー・ミュージック・ムック―アーカイヴ・シリーズ)

                 

                 

                この頃ジョンは奥さんと上手くいってなくて、別居を考える程悩んでいた、とどこかで読んだ覚えがありますが、ジョンだけではなく、メンバー全員が、この時期はショービジネスの世界で生きるストレスに押し潰されそうになっていて、全然気晴らしにならない乱痴気騒ぎのパーティーをしてはウォッカの海に溺れ、それで何とか持ちこたえているような状態だったようです。

                フレディもこの時期は、日常的にウォッカをガブ飲みして、コカインを吸い、ゲイクラブで遊びまくっていたようですし。

                 

                こんな状況の中で、元々シャイなタイプだったジョンは、人前に出るのが辛くなっていたようですが、フレディに助けて貰いながら何とか持ちこたえていたようです。

                そのフレディが亡くなってしまうと、ジョンは酷い鬱で引き籠るようになってしまい、今でも殆ど誰とも話そうとしないそうで…。

                フレディ・マーキュリー・トリビュート・コンサートの時、最初の挨拶をブライアンに励まされながらオドオドと話し、ライザ・ミネリによる"We are the Championsのフィナーレで、出演者全員が握手し抱き合う中、ジョンひとりがにこりともせずにつっ立ち、呆然と客席を見つめていて、一体どうしたのかと思っていましたが、そういう事情があったのですね。

                 

                ブライアンも、フレディが亡くなった後に酷い鬱になったそうですが、アメリカで心理療法を受けて落ち着いたと聞いています。

                ブライアンは、大学院からすぐに、大人として円熟する必要のない音楽業界に入った為、思春期の問題を乗り越えないまま40過ぎの中年になってしまっていた、と自己分析していますが、案外ジョンは、小学生の頃に父親を亡くしたショックを乗り越えないまま大人になり、今度はフレディの死を乗り越えられずにいるのかも知れないですね。

                確か父親を亡くした時、ショックで全く口を利かない子供になってしまった、と、ジョンはインタビューに応えて話していましたから。

                 


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                現在、ジョンは本当に隠遁生活をしているようで、近所の人達は、ジョンが住んでいるのは知っているが、殆ど見かけることさえないような状態のようです。

                一時期奥さん同伴で近所のお店に通って、白ワインを飲んでいたようですが、このお店は閉店して、今はスーパーになっているとのことです。

                90年代以降のクイーン名義の活動について、ブライアンは事前にジョンに知らせていますが、何の返事もよこさないのを黙許と解釈している様子ですね。

                 

                おそらくジョンは、今回の映画「ボヘミアン・ラプソディ」を、地元の映画館に他の観客に紛れてひっそりと観に行くだろう、と元記事には書いてあります。

                舞台We Will Rock Youの時も、ジョンはひっそりと観に行って、関係者に何の挨拶もせず帰っていったようです。

                 

                …正直、こんな記事を書くことは、静かに暮らすことを望んでいるジョン・ディーコンの為にはならないと、私自身思います。

                しかし、ミュージックライフクラブの記事は、ジョンが長年引き籠っていて、異常者なんだからしょうがない、と、ロジャーに呆れられている、というだけで、元記事の大半を端折って充分な説明がなく、これもまた良くないように思えるので、敢えて書くことにしました。

                ロックビジネス界というのは大変な世界なようだと、つくづく思います。

                 

                 


                ライブエイドのクイーン 実は私 見てません

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                  JUGEMテーマ:ROCK

                   

                  ブライアン・メイからTwitter上で"BO RHAP BOYS"と呼ばれていた、「ボヘミアン・ラプソディ」でクイーンを演じる俳優達の来日が公表されました。

                   

                  『ボヘミアン・ラプソディ』キャスト来日決定!ラミ・マレック、ジョセフ・マッゼロら日本へ

                   

                  映画「ボヘミアン・ラプソディ」、試写会も行われ、ネット上にネタバレにならない程度の感想が上げられているようですね。

                  私は11月9日の初日に、最寄りの映画館に行く予定だったのですが、何とオヤジのお店に宴会の予約が入ってしまいました!

                  …そう、クイーンの映画の初日に飲み屋のママさんをやらなきゃならないんです(泣)!

                   

                  この映画、フレディが亡くなるまでではなく、'85年までのクイーンを描いているようですね。だとすると、最後はあのライブエイドのステージで終わるのでしょうか。

                   

                   


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                  私はTVの実況中継でライブエイドをリアルタイムで見ているのですが、実はクイーンのステージは見ていません。確か、フレディとブライアンだけで演奏した「悲しき世界」は見ていますが。

                  日本でのライブエイドの実況中継の酷さは有名ですが、私もそれで腹を立てて寝てしまったんですね。それで、寝ている間にクイーンが登場していたという…。

                   

                  「あんな酷い真似をされて、ライブエイド基金に募金するわけがないだろう!募金なら別の団体にするわ!!」

                  というような新聞の投稿があったのを覚えています。

                  私も今思えば、我慢してクイーンが登場するまで見続けるよりは、寝てしまって、後でビデオやDVDで観た方が正解だったと思っています。

                  それに、ライブエイド基金が集めた義援金は、エチオピアの政府に送ってしまった為、難民の為に使われることなく軍事費に使われた様子だという、笑えないオチがついた模様で。

                   

                   


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                  映画「ボヘミアン・ラプソディ」の、ライブエイドでのパフォーマンスは感動もの、という評判が、試写会に行った方々の間で上がっているようです。

                  私が映画館に行けるのは…、再来週になりますかね。

                   

                  本当に楽しみです。早く観たい!


                  運の良さとは何ぞや…松田聖子

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                    JUGEMテーマ:日記・一般

                     

                     


                    松田聖子と中森明菜 [増補版] 一九八〇年代の革命 (朝日文庫)

                     

                     

                    松田聖子というと、私はデビュー前後のエピソードが一番印象に残っています。運がいい人というのはこういうものなのか、という感じで。

                     

                    松田聖子がデビューしたのは、彼女が堀越学園在学中でした。

                    元々所属事務所の社長は彼女に、高校を卒業してから上京するように言ったらしいのですが、彼女は高3の途中で堀越学園に転校し、上京してきてしまった。

                    事務所側としては予想外のことで、彼女をデビューさせる為のプロジェクトは出来ていない。その時たまたまドラマで太川陽介の妹役を演じる仕事があって、他に何もなかったので、脇役の女優としてデビューすることとなった。

                    本名の蒲池法子はアイドルらしくないので芸名が必要だったが、何も決めていなかったので、役名だった松田聖子を芸名にした。

                     

                    そんな行き当たりばったりでつけた芸名だったが、後のアメリカ進出の時には、海外で知られた時計メーカーのSEIKOと自動車メーカーのマツダを一緒にした名前だったことが多いに役立った。

                     

                     


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                    私が聞いたのはこんな話でしたが、実際には命名の大家の霊能者につけてもらった芸名で、デビュー作の役名の方を芸名と同じにしてもらった、という説の方が有力なようですね。

                     

                    それに、後で考えると上京してきたタイミングが絶妙で、たまたま当時の所属事務所には、大型新人として売り出そうとしていた所謂サラブレッドの女性歌手がいた。その為、事務所は松田聖子にはあまり積極的とは言えない状況だったが、この大型新人に不運としか言いようのないことが続き、売り出すタイミングを逃してポシャッてしまった。

                    その為事務所は、新たな新人歌手を世に出さざるを得なくなり、また大型新人を売り出す為の資金は、殆どそのまま残っていた。

                    そういう状況の中にたまたま居合わせた為、松田聖子は「ソニーのカナリア」として歌手デビューを飾ることとなったようです。

                     

                     


                    増補版 松田聖子論 (朝日文庫)

                     

                     

                    当時は世界的に女性の自立が叫ばれていて、日本の芸能界もその影響を受けていたようで、女性歌手の衣装が、シャープな、とかカチッとした、とか、大人っぽい、とか言われるテイストになっていたらしいですね。

                    松田聖子と入れ替わりのように引退した山口百恵が、凛として、かつしっとりとした魅力でこの時流に見事にはまっていたせいもあり、ポスト百恵を狙う芸能事務所は、カチッとした大人っぽい衣装をアイドル予備軍達に着せていたようです。

                    (『ようです』というのは、当時私は日本の芸能界にはあまり興味がなくて、よく憶えてないからですが。)

                     

                    松田聖子もお仕着せで、十代から見ればオバさん臭いようなスーツを着せられて、憂鬱になったようです。

                    そこで事務所に、髪型と衣装は好きにさせて欲しい、と申し出たところ、彼女の場合、デビューの為のプロジェクトは全く決まっておらず、ただ売り出す為のお金だけはある、という状態だったので、事務所側も髪と衣装位は好きにさせてもいいだろう、という感じだったそうです。

                     

                     


                    Seiko Matsuda sweet days(完全生産限定盤)

                     

                     

                    そこで、髪型は当時人気だったファラ・フォーセットの髪型を参考にして(オリビア・ニュートン・ジョンの真似という説もある)、衣装は「女性の自立」に逆行するような白やパステルカラーのヒラヒラ、フワフワしたドレスという、アイドルの王道という感じのスタイルでTVに登場したところ、「ブリっ子」という一種の社会現象を起こしてしまったという…。

                     

                    また、話し方は「元祖ブリっ子」で舌足らずな感じはあるものの、元々彼女はきちんとした家庭で躾けられた、お嬢様学校の生徒だった為、言葉遣いはしっかりしていたり、声はアイドルにしてはハスキーで陰影のある響きがあったりと、どこか知性を感じさせる所があった為、作詞家の松本隆に認められ、その人脈から、錚々たるミュージシャンが彼女の為のプロジェクトに参加することになり、最初の結婚をする少し前の彼女の周辺は、なかなか大変なことになっていましたし。


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                    こういう人を見ていると、運の良さとは一体何なのか、なんてつい考えてしまいますねぇ。

                     

                     


                    イエス ユニオン ツアーの思い出

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                      JUGEMテーマ:ROCK

                       

                      amassのこの記事を見て、イエスが「ユニオン ツアー」をしていた当時に私が通っていた、英会話スクールの先生を思い出しました。

                       

                      8人イエス91年8月カリフォルニア公演のライブ作品『Union Live』  フル映像2時間がアーカイブ公開

                       

                       


                      ユニオン・ツアー1991 [DVD]

                       

                       

                      大学を卒業したばかりのアメリカ人の先生で、80年代のイエスの大ファンでした。私は80年代も好きですが、どちらかと言えば70年代イエスの方が、今も好きですね。

                       

                      私は東京公演を見ているのですが、たまたまその翌日が英会話スクールに行く日でした。

                      そういうわけで、その日のレッスンは、私が持ち込んだ日本公演のパンフレットを眺めながらのフリートークとなりました。

                       

                      「それで、コンサートはどうだった?」

                       

                      「……うん…。多分、あれは近いうちに解散するよ。」

                       

                      「えっ!何故?」

                       

                      「ステージで、ジョン・アンダーソンが真ん中にいて、そこから他のメンバー達が真っ二つに分かれてる感じだったんだよね。

                      AWBHサイドとクリス・スクワイアのイエスサイドという感じで、お互いに近づこうとしなかったの。

                      途中の休憩とかコンサートが終わった後とかにも、それぞれの側のソデに、真っ二つに分かれて引っ込んで行ったし。

                      案外、あの様子じゃ楽屋も別々に離れた場所にあるんじゃないのかなぁ。」

                       

                      「ふ〜ん。僕は去年のシアトルのコンサートで警備員のバイトをしたんだよね。日本に来る直前だったんだけど。

                      シアトルではそんなことはなかったのになあ。」

                       

                      8人イエスはユニオン ツアーの後、私の予想通り解散しました。

                       

                      そのシアトルのコンサートと同時期のライブ映像がこちらになりますが、確かに日本公演でのよそよそしさは感じられません。

                      やはり長期に渡るワールドツアー、しかも8人の大所帯となると、色々なことがあったのだろうなぁ、なんて思ったりします。

                       

                       



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