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フレディ・マーキュリーの少年時代 ~ そういえば おかしな噂がありました

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    JUGEMテーマ:ROCK

     

    書いそびれていた「フレディ・マーキュリー孤独な道化」が再発されたと知り、すぐに取り寄せました。

     

     


    フレディ・マーキュリー~孤独な道化~

     

     

    映画「ボヘミアン・ラプソディ」を2度観て、ネット情報を追ううちに、何故か私はフレディのインド時代に興味を惹かれるようになったんですね。どうやらこの本には、ザンジバルやインド時代のフレディについての証言も載っているらしい、と知って、飛びついたわけです。

     

    昔、リアルタイムでクイーンを夢中で聴いていた頃には全然思いつかなかったのですが、最近、年齢と共に次第に物事を俯瞰して見られるようになってきたせいか、フレディのインド時代というのは過酷なものだったのではないかな、と思うようになってきたので。

     

    大分前に、それこそ上京して(笑)、確か新宿の映画館で観たフレディの伝記映画は、確かこれだったと思います。

     

    「フレディ・マーキュリー歌と人生を愛した男」

    https://movie.walkerplus.com/mv35486/

     

     


    ラヴァー・オブ・ライフ、シンガー・オブ・ソングス [DVD]

     

     

    その映画では、フレディがセント・ピーターズ英国国教会学校入学の為にインドに向かったのは4才の時で(どうもヨーロッパでは学校に入学、卒業する年齢が皆んな一緒という訳ではないようですし、小学校は4才から入学出来るようです)、しかも1人で船と汽車を乗り継ぎ2ヶ月の長旅の末に寄宿舎にたどり着いた、ということになっていました。

    それを見ながら私は、今の旅客機同様、当時の客船や汽車(多分まだ電車ではなかったと思います)にも、同伴者のいない子供をケアするサービスがあったのだろうと思っていましたが。

     

    一方「フレディ・マーキュリー孤独な道化」の方では、フレディがインドに渡ったのは8才の時で父親に付き添われていた、とあります。入学というより、編入だったようですね。

    それ以前はザンジバルの小学校に通っていたと。

    筆者がフレディの家族や親戚に取材した上で書いているので、多分、こちらの方が正しいと思われます。

     

     

    話は違いますが、

     

    生前フレディは、アフリカのザンジバル生まれでインド育ち、インドでは規律の厳しい寄宿学校に入れられていた、とは公表していましたが、詳しいことは、決して語ろうとしませんでした。

    フレディがパールシーだったことは、彼の葬儀がゾロアスター教式に行われたことで、初めて分かったことでした。

    学生時代の友人には、自分も家族もペルシャ系だと話していたようですが、ジャーナリストに対しても自分の家系について話したことがあるのか、彼のことを

     

    「自称ペルシア貴族の末裔」

     

    などと揶揄するジャーナリストもいましたが。

     

    現在あちこちで目にする、フレディの子供時代や寄宿学校時代の写真は、彼が亡くなった後に、フレディのお母さんがマスコミに公表したものです。確か学校名も、その時初めて出てきたように思います。

    息子の生前には、決して表に出ようとしなかったフレディの親が、何故息子が亡くなった途端にこんなことをするのか、その当時は理解出来ず、あまり良い印象が持てなかったのを覚えています。

     

    後になって分かったのですが、業界人の間では、

     

    「フレディ・マーキュリーはイギリス外交官と現地妻の間に生まれた私生児。認知されていたお陰で、外交官の子供向けの、イギリス式の学校に行けた。

    植民地出身でああいう顔をしているのに、パブリックスクールと美大を出ているのは、そういう事情がある為だ。」

     

    と言われていたらしいですね。

     

    私がこの話を聞いたのは音楽好きな知人からでした。

    学生時代に、とあるイギリスのロックバンドのファンクラブ会長をしていた関係で、洋楽業界の知り合いが沢山いるというその知人が、

     

    「俺はお前の知らないことを知ってるぞー!」

     

    とばかりに、フレディは私生児云々とまくし立ててきたので、

     

    「いーや。フレディはイギリス国籍だけど元々はインドの上流階級出身で、出身校もインド人向けのお坊ちゃん学校ですよ。

    ゾロアスター教徒で、自称ペルシア貴族の末裔っていうのも、あながち嘘ではなさそうだし。

    お母さんが少年時代の写真を公表しているし、伝記映画に出てくる同級生はインド人ばかりだから、間違いないですよ。」

     

    と私が応えると、何やら顔色を悪くしていましたが。

    多分、色々な所で「俺は知ってるぞー!」をやらかした後だったんでしょうね。

     

    まあ、そのおかげで私は、

     

    「ああ、フレディのお母さんが、フレディのザンジバル、インド時代の写真を公表したのは、こういう悪い噂を払拭する為だったのか。」

     

    と納得出来たわけですが。

     

     

     

     

     

     

     

     


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