「未完の大作」というと必ず名前の挙がる「7つの黄金郷」ですが、このまま未完で終わってしまうのでしょうか。
SNSやnote、ブログ等見ていくと、
「原作山本鈴美香で作画を他の漫画家という形で続編を描いて、完成させられないだろうか」
という意見が挙がっているようです。
作画の実力が山本鈴美香と互角の漫画家、というのはなかなかいないだろうと思います。
それにしても、未完のままで終わってしまうのは余りに惜しいし、何より愛読者には辛いものがあります。
あるいは、大学時代に「君は文章が書ける」というような評価をされた、と本人が書いていたと思うので、小説の形で完結させるとか…。
この作品、山本鈴美香が中学生の時からアイデアを温め続けていて、すでに結末まで出来上がっているようですし。
この作品、数年に1回禁断症状が出るくらい好きなので、どこかの出版社が何かの形で再開、完成させてくれないだろうか、と痛切に思う今日この頃です。
7つの黄金郷(エルドラド) 全6巻セット (中公コミック・スーリ)
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先日のライヴはソロの演奏でしたが、箏奏者増田あつしが尺八奏者の坂田梁山とコラボした映像をみつけましたので、紹介したいと思います。
他の音源も、増田あつしのHPで視聴可能です。
]]>今年一月後半から二月いっぱいにかけて、寒さのせいか体調が悪く、文章が上手く書けない状態でした。
今月に入り、暖かくなって、少しは良くなってきていますが、まだ引きずっている感じです。
しばらくは、知人のアーティストの紹介や、アーティストの来日情報等の記事しか書けないと思います。
フレディ•マーキュリーについて、記事にしたいアイデアがあったりするのですが、これを記事に出来るだけの力が、今はありません。
今は陽気が良くなるのと共に、体調が良くなっていくのを祈るばかりです。
]]>残念なお知らせです。
ビョルン•アンドレセンの来日イベント
「やよいの桜 あなたをビョルン•アンドレセンの世界へ
ビョルン•アンドレセンの音楽と朗読」
は、ビョルン本人の体調不良の為、中止になったそうです。
チケット代金はローソンから返却されるとのことでした。
今はただ、ビョルンの体調が回復するのを祈るばかりです。
うつ状態に陥りやすいタイプのようなので、寒くて暗いスウェーデンの冬は堪えるのでしょうか。
払戻期間は3/6(水)10:00〜3/19(火)23:59です。
映画チラシ 絢爛なるデカダンス アート・オブ・ルキノ・ヴィスコンティ ベニスに死す・他 銀座文化劇場の館名入り映画チラシ
知人の箏奏者、増田あつしのライヴが3月3日に行われます。
場所は千葉県八千代市のCafe音香。要予約です。
参加費は¥2000ですが、別途2品ドリンク等のオーダーと、その代金が必要となります。
増田あつしはジャズ、ボサノバ等も演奏する、ユニークな箏奏者です。
お近くにお住まいで、興味がおありな方は是非‼︎
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「やよいの桜 あなたをビョルン•アンドレセンの世界へ
ビョルン•アンドレセンの音楽と朗読」
の素敵なチラシをいただきました。
SS席は売り切れたようですが、S席とA席はまだイーチケで購入可能です。
小ホールでのイベントなので、ビョルン•アンドレセンと近くで会えるチャンスかと思います。
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2020年にコロナ禍で延期になっていましたが、遂にエンジェル再来日のスケジュールが決定したようです。
招聘元はルビコン•ミュージックです。
実に47年ぶりの来日になりますね。
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ビョルン•アンドレセンのイベント、
やよいの桜 あなたをビョルン•アンドレセンの世界へ
ビョルン•アンドレセンの音楽と朗読
のチケットが2/1にローチケより発売されました。
日程と場所は当初の予定通り3/18(月)めぐろパーシモンホール。開場13:30、開演14:00です。
これを書いている時点では残りわずかになっているSS席は特典付きで、直筆のサインをビョルン本人から手渡しされるそうです。
当初の予定のコンサート、という訳にはいかないようですが、ビョルン本人の演奏も聴けるようですね。
ちなみに、私は今回A席を買ったのですが、それでも7列目でした。
小ホールでのイベントなので、ビョルンを間近で見るチャンスかと思います。
EP/世界一の美少年、ベニスに死すのビョルン・アンドルセン 永遠にふたり(日本語)&愛はここに(英語)/並盤、全曲概ね再生良好
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YMO、吉田美奈子、山下達郎等々、豪華なゲストミュージシャンを迎えた朝比奈マリアの唯一のアルバムを聴く機会がありました。
驚いたのが、朝比奈マリア本人の表現力でした。見事に歌の中の主人公になりきっているんですね。
もしも松田聖子の松本隆に相当するミュージシャンと出会ったり、あるいは実母の雪村いずみと同様に、アメリカで本格的にヴォイストレーニングを積んだりしたら、大化けする可能性があったろうな、などと思いました。
もっともご本人が、モデル時代には、趣味はイラストを描くことで夢は漫画家のアシスタントになること、と言っていたり、現在は画家兼ジュエリーデザイナーとして活動しているようなので、アーティスティックな才能は絵や物造りの方で開花させる結果になったのでしょうね。
このアルバムが発売された頃、'80年前後というのは日本の芸能界が最も軽薄だった頃で、芸術家気質の10代の美貌の女性にとっては、居心地の悪い世界だったのかも知れません。
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今日明日と、エマーソン レイク&パーマーのライヴですが、これも私は行きません。
カール1人だけでも観たい、という方がいるのも、キースとグレッグが1992年のロイヤル・アルバートホールの画像と音源でも観たい、という方がいるのも理解していますが、この試みは、私にとってはキースとグレッグの不在を感じさせてしまって、かえって淋しい気持ちになってしまいますので。
カール•パーマーズ・ELPレガシーだけのライヴなら、喜んで観たいので、近いうちにもう一度来日して欲しい、と思っています。
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この曲で、ケイトはヴォーカルでもPVやライヴパフォーマンスでも、
「ヒースクリフ 私よキャシーが帰ってきたの
とても寒いの 窓の中に入れて
さあ よこしなさい
あなたの魂をもぎ取りたいのよ」
と、見事なファム•ファタルを演じています。
しかしながら、エミリー•ブロンテの小説では、キャシーは18~9才で亡くなり、天に召されることなく嵐が丘をさまよっているのですが、亡霊となってからのキャシーは、客人の手を握ったり血を手首から流したりと、肉体があるようでいながらも、姿を見せることはなく、顔がぼんやり窓に映るだけであったり、ヒースクリフの最晩年に、彼に纏わりつきながらもその姿は他の者には見えなかったりと、あまり存在感がありません。
ケイト•ブッシュが表情豊かに全身でパフォーマンスしてみせる、力強い歌声で訴えかけるキャシーとは、かけ離れた印象です。
例によって今更ですが、ネットで調べたところ、ケイトがインスピレーションを得たのは、イギリスでドラマ化された「嵐が丘」で、原作の方は全部読んでいない、という説さえあるようです。
そうなると、ドラマの方の「嵐が丘」を観たくなってくるわけですが、これがケイトがまだ子供の頃の、古いものだけに見つかりません。
どなたか、このドラマについてご存知ないでしょうか?
何せケイトは来日時に、
「『嵐が丘』の中ではキャシーとヒースクリフが一番魅力的だわ。特にキャシーの中には、自分を見つけたような気がしたの。」
とまで言っていましたので。
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大変残念ですが、ビョルン•アンドレセンのコンサートは、ビョルン自身が「デュピュイトラン拘縮」を発症したため中止になりました。手指を思うように動かせなくなる病気のようです。
コンサートは中止となりましたが、来年3月のビョルン来日は決定しているそうで、プロモーターはコンサートに代わるイベントを検討中だそうです。
そこで、この記事を読んでいるビョルン•アンドレセンのファンの方々にお願いしたいのですが、ビョルンを迎えてのイベントでどういうものが観たいか、コメント欄に書いていただけないでしょうか?このブログは、今回の来日の関係者の方も見てくださっていますので。
私は、ビョルンが自作の曲を演奏した音源があるなら聴かせて欲しい、と伝えております。
宜しくお願い致します。
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例によって流行に遅れた形になりますが、去年リバイバル•ヒットしたケイト•ブッシュの「神秘の丘」。
訳詞でも、一部引用なら大丈夫かと思うので書いてみますが、この曲に
And if I only could
もし出来るものなら
I'd make a deal with God
神と取り引きをして
And I'd get him to swap our places
私たちの立ち位置を入れ替えてもらうのに
という一節があります。
この「私たちの立ち位置」というのを、'85年当時の日本では、「私と神の立ち位置」と解釈する人が多かった為、エゴ•インフレーションか何かを扱った、難解な歌、という印象があったんですね。
しかしながら、英語が母国語の人から見ると、この「私たち」は「私とあなた」で、この歌は、愛し合いながらもお互いを理解出来ずに、傷つけ合ってしまう男女の歌で、「私」は神と取り引きをし、天使の力を借りて、「私とあなた」の立ち位置や経験を交換して、理解し合えるようにしたがっている、と、そういう内容のようです。
皮肉に思えるのが、この曲のPVを見た男性が一様にいっていたセリフですね。ケイトのファンを自称していた、故 中川勝彦でさえも、
「天才少女も年を取れば、ただのオバサン」
と。
確かに、この当時のケイトは、20代後半にしては老けた印象がありました。
HOUNDS OF LOVE (2018 REMASTER)
「神秘の丘」が入っているのは、ケイトの4枚目のアルバムですが、2枚目のアルバム発表後から、3枚目のアルバム発表直後位まで、ケイトには色々な噂がありました。
拒食症を思わせる生活をしている、という噂があったり、妙に窶れた顔の写真があったり、レコーディングに根を詰め過ぎて、精神科に入院したという噂があったり、と。
そんなことがあった後に、実年齢より老けた印象になったら、何故かは分からないにせよ、色々大変だったのだろう、と察するのが普通だと思うのですが…。
日本の男性達がそんな言葉をケイトに投げつけたのが、こんな歌詞の曲のPVだった、というのに、薄ら寒いものを感じずにはいられません。
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ずっと迷っていたのですが、来年のQALのドーム•ツアー、行かないことにしました。
とにかく'20年のライヴのプロモーターがあまりに酷かったので、同じプロモーター主催となると、どうなるか分かりませんので。
そもそも、クイーン •ブームが終わっているのは私のような弱小ブロガーでさえも分かるのに、何故今ドームツアーなのか理解に苦しみます。
悪い予感しかしないので、今回のワールドツアーは、YouTubeで楽しむことにします。
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ビョルン•アンドレセンのコンサート、日程が決まりました。東京で1日のみです。
2024年3月18日。会場はめぐろパーシモンホールです。
開演時間はまだ未定。演奏曲もまだ未定で、決まり次第チケット発売になるようですね。
演奏曲には、クラシックは含まれないそうです。
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「おばあちゃんの百合」と言われたはな代と芳子の恋は、ハッピーエンドに終わりました。
はな代の芳子と出会う以前の人生は、我慢するしか道がないとあきらめていた、と自分で言う位に、主体性を重んじられることが全くないものでしたが、この物語の最終話になると、はな代は、そんな過去の人生の象徴のような夫の幽霊に対して、
「自分のことよくわかってなくて
さみしい思いもさせたと思う
それはごめん
それでも
うちはあんなふうに扱われる筋合いはなかった」
と言い放ち、別れを告げ、聴講生としては最終日になる大学に、レポートの講評を聞きに行ってしまいます。
巻末の書きおろしを読むと、続編も期待できるような気がしてなりません。
「なぜ悲恋ばかりなのだろうか、という点である。
創作上のことなのだから、いっそ夢物語として、ロマンチックな甘い結末を、少女ごとに用意してもよかった。
けれど筆者は、ほとんどそれをしなかった。
花物語の悲恋は、紋切り型のそれとは少し違っている。
決して身分が違うことや女同士であるなどの単純な事情では描かれない。
少女たちの主体性を重んじてる。
少女たちにも主体性があるというところは、読者への最大限の寄り添いであり、たくさんの共感を得た所以ではないだろうか。以下にいくつかの章を取り上げ、論じる。」
という、吉屋信子の「花物語」をテーマにしたはな代のレポートに
「真摯にレポートに取り組んでいただいて、ほんとうに嬉しいです!
なんとか続けてもらいたいなあ…」
「どんな形でもいいんですけど。」
と、准教授の桜田先生は、はな代と話す場を設けて、お薦めの本のリストをA4二枚に、おそらくびっしりと印刷されたものを用意したり、在野の研究家のホームページを紹介したり、というコマで終わっています。
この様子では、はな代はなんらかの形で吉屋信子を始めとした国文学の研究を続け、専門誌に論文が掲載されたりするのではないか、と思ったり。
芳子の方も、はな代の大学の友人を実験台に、メンズメイクの研究を始めそうな感じです。それで芳子の化粧品店のMIYOSHIがどう変わっていくのか、見てみたいと思ったり。
60代半ばになっても、感性の瑞々しさや、知的好奇心といったものは衰えない。もし衰えたように思えたとしても、それは本人が諦めてしまっているから、そう見えているに過ぎない、ということは、ある程度の年齢になると分かってくるものです。
この作品には、そういうことがとても肯定的に描かれていて、年を取ってからの挑戦も、決して悪くない、と、読むと励まされるような気持ちになりますね。
10年後の、可愛らしさの増した老賢女となった、はな代と芳子の2人も、見てみたいです。
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最近愛読しているのが、この『猫と紳士のティールーム』なのですが、このマンガ、クイーン のブライアン•メイのファンの方には、絶対楽しんでいただけると思います!
この作品の舞台になる、「カメリア•ティールーム」の店主、瀧 静(52) と言うのが実にユニークなキャラクターの持ち主です。
愛猫家で、飼い猫のキームンくんと共に店に立ち、第1巻では輝きのオーラと「美」という文字を背負って登場する、端正で人目をひく容貌ながら、人と目も合わせられないような極度の人見知り。人見知りで美貌のイケオジなら気取り屋かと思えば、底抜けにお人好しで、紅茶のこととなれば子供のようにはしゃいで饒舌になるので、ギャグタッチで描かれることが非常に多い。口髭も、紅茶を髭受けのあるムスタッシュカップで飲みたいが故に生やしている。
さすがに髪型はカーリーヘアのもふもふではありませんが、ブライアン•メイとキャラがカブる面が多いので、彼のファンには楽しんでいただける作品かと思います。
私は元々コーヒー党でしたが、気付けば近くのスーパーで紅茶のティーバックを買い求め、ティーバックでの美味しい紅茶の淹れ方をネットで検索して、毎朝飲むようになっていました。
紅茶は自分に合ったやり方で楽しめれば良い、と思える内容の作品です。
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招聘元が前回と同じクリエイティブ•マンと聞いて、行く気をなくしています。
何だか、QALは2014年のサマソニでのライヴは見ているので、それだけで充分な気がしているんですよね。
2020年の時には、とてもSS席とは思えない席で、ステージは半分以上見えませんでしたし。
クリエイティブ•マンだったら、また変な具合に煽られた挙句に、おかしな席に座らせられるんだろうなぁ、と思えて、うんざりしてしまうんですよね。
今回は、10月の一般発売まで考えて、それでも行きたかったら申し込んでみて、チケットが取れなければ御縁がなかった、ということでいいかな、と思っています。
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久々に、後に「クイーン と過ごした輝ける日々」という名で出版された、東郷かおる子の著書「クイーン •オブ•ザ•デイ」を読んだのですが、日本初のクイーン へのインタビューのくだりで、違和感を覚えるリアタイファンは私だけでしょうか?
QUEEN of the DAYクイーン・オブ・ザ・デイ―クイーンと過ごした輝ける日々
東郷かおる子は、ビジネスランチの為に入ったレストランに、偶然ロジャー•テイラーが関係者達と入ってきたので、直接ロジャーに声をかけ、クイーン の記事が載ったミュージックライフ誌を渡して直接インタビューを打診した、と、この本に書いただけではなく、色々な所で話しているようですが、これは本当なのでしょうか?
もう50年近くも前の話で、私もよく覚えていないのですが、確かクイーンとの 初のインタビューは、水上はるこをコーディネーターに話を通してあって、たまたまそのインタビューの前日にクイーン のメンバーと会い、挨拶がてらML誌を渡したところ相手が大喜びして、その為翌日のインタビューは雰囲気の良いものとなった、というような話を、ML誌か、その増刊号のクイーン 特集号で読んだような気がするのですが…?
さすがに70年代のロックが商業化する前のことにしても、ミュージシャン本人にインタビューの依頼をして、通るとは思えないのですが…?
東郷かおる子と私、どちらの記憶が事実と違っているのでしょうか?
]]>森茉莉「甘い蜜の部屋」の最初の方に、こんな文章を見つけました。
「蛭谷海鼠と、濁川蚯引、その細君の蛇魔子が、モイラに仕掛けた罠と窃盗行為、モイラに甘い、陶酔の管を通しておいて、その細い管からモイラの財産を吸い上げて行った彼らの行為に向って、呪いの護摩を焚こうとか、そういう二人の平常の会話に、とりかかるのだ。」
これは、以前記事にもした、やはり森茉莉の短編「曇った硝子」に書かれた、長男の山田爵とその家族に、所有していた土地と貯金を取られたことだと思われます。
この企みに関わったのは、山田爵と、その妻と義母(森茉莉の最初の夫の後妻)だったようですが、だとすれば全員同じ山田姓だろうに、何故違う姓の人間が1人いるのだろう?と思い、「曇った硝子」の方も再読してみました。
すると、こちらの方でも、主人公魔利の息子と、その義母は、姓が違うことになっています。
魔利の息子は伊藤樊子(ハンス)ですが、その義母は鮫島阿曾(あそ)になっています。
そして、この息子の名前は、ちょっと今手元にないのですが、「日曜日に僕は行かない」に登場する、美丈夫に愛される美少年、ハンスとほぼ同じ名前だったように思うのですが。
何故義母と姓が違うように書いてあるのかは、私には分かりません。
こんなことが、あの「甘い蜜の部屋」に書いてあったことにも驚きですが、「曇った硝子」では伊藤樊子という、森茉莉風の綺麗な名前で登場していた長男が、濁川蚯引という、蚯蚓(ミミズ)をもじったような名前で登場しているのも、何とも言えない感じがします。
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Twitterの情報ですが、現在ビョルン•アンドレセンの来日コンサートの話が進んでいるようです。
Twitterを「Björn来日」で検索すると出てきます。
正式な招聘元は、音楽月刊誌『ショパン』を出版している(株)ハンナだそうです。
ビョルンは、「ベニスに死す」公開当時は、ジャスとロックが好きな少年、と紹介されていて、ギターを抱えた写真がよく掲載されていましたが、クラシックのピアニストでもあるようです。選曲はビョルンに一任されているそうで、どんなジャンルの曲を演奏するのか今の所分かりません。
私は最近ジャズ、ロック、クラシック等、何でも聞くようになってきていますし、また私はビョルンにとっての音楽とはどういうものなのかに興味があるので、もしこのコンサートが実現したら、絶対に行こうと思っています。
ブロマイド写真★映画『ベニスに死す』タジオ(ビョルン・アンドレセン)/白黒/アップ
準備期間等を考えると、来日は来年になるようです。まだ決定ではありませんが、2月中旬から4月初め、という話が出ているようです。場所は東京で1日のみ。
ただ、観客数が50人以上にならないと、実現出来ないイベントだそうです。
Twitterをしていらして、興味がおありの方は「Björn来日」で検索していただければ、と思います。
「Björn」はこのブログからコピーして下さい。「Bjorn」では検索しても出てこないので。
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今度こそやっと、という感じで、グレッグ•レイク自伝の翻訳本が届き、昨日読み終わりました。
やはり、苦労することなくスラスラ読める日本語版はいいですね(笑)
ミュージックライフ•クラブのニュースには、契約の調整で、日本語版の発売が遅れた、とあります。
英語版の方には載っていて、日本語版の方には載っていない写真も結構あったりするので、日本語版出版には色々難しい面があるのかも知れませんね。
Lucky Man: The Autobiography (English Edition)
子供の頃から晩年までのことを、「私は幸運な男だった」と、淡々と書いた自伝ですが、何ヵ所か日本語がおかしな所もあり、校正で何とか出来なかったのかな、と思いましたが。
この本の中で、私が一番印象的だったのは、EL&Pの初来日の際に、どうやら日本について一番グレッグの印象に残ったのが、歌舞伎等の外国に誇れる文化の類ではなく、一般社会での男尊女卑の傾向だったらしい、ということです。ちょっと考えさせられました。
それに、亡くなるまで添い遂げた奥さんのレジーナとは、出会って一年足らずで結婚していることでしょうか。
本の題名にもなっている曲の「ラッキー•マン」を録音した時については、グレッグ本人も書いていますが、キースの自伝とは大分違っています。
個人的には、グレッグの言い分の、「ファーストアルバムのレコーディング当時に我々が持っていた曲が、アルバムにするには一曲足りなかったので、仕方なく子供の頃に作った曲をレコーディングした」という方が、筋が通っているように思います。
色々と辛辣な書かれ方もされているグレッグですが、この自伝を読む限り、グレッグの言い分の方が筋が通っているように思えるのは、やはりファンの欲目もあるのでしょうか。
カール•パーマーも自伝の準備をしているようなので、これも楽しみですね。
]]>グレッグ•レイク自伝の翻訳版『ラッキー•マン』。遂に表紙画像が公開されました。
Amazonのサイトには、プロローグの一部や、グラビア写真が紹介されています。
現在の発売予定日は6月30日。
おそらく、今度こそは発売されると思いますが、1年近くもズルズルと発売延期を繰り返されただけに、いささか懐疑的にならざるを得なかったりします。
グレッグは簡潔な文章を書くタイプではなさそうなので、翻訳も大変だったのかな、とも思いますが、何にせよ、あれこれ言うのは実物を手にしてからですね。
正直、これ以上の発売延期は勘弁してほしいと思います。
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『はなものがたり』と並べて語られることがよくあるので、たらちねジョンの『海が走るエンドロール』を読んでみました。
65才のうみ子が主人公で、映画監督を目指して美大に入学する話です。
しかしながら、その後押しをした、美大生で、美少女のような美青年、ウツミこと海の立ち位置が、どういうものなのかよく分からず、正直読みにくい印象がありました。
海のエピソードが後半になると増えていき、主人公が同じ話に2人いるような印象で、普通こういう場合は、主人公と語り手、という形になるのですが、うみ子と海、どちらも語り手には見えません。
キャラクターとして語り手に向いているのは、間違いなくうみ子の方なのですが、だからと言ってうみ子を語り手に切り替えると、65才の美大生を登場させた意味がなくなってしまいます。
正直、うみ子の周囲の、美大生の若者達のエピソードが多すぎる印象です。
それに私には、うみ子が65才と言うよりは、40才前後の、中年期危機の最中の女性のように見えるんですね。
60才前後になると、ある日突然自分の人生が俯瞰して見えるようになって、将来の夢を追うより、今までの人生の欠落部分を埋めることを重要視するようになりますが、うみ子の視線は、60代のそれとは少し違い、欠落を埋めることより、将来の夢の方に向いている感じです。
そもそも、60才を過ぎると気力も体力も激減する為、若い頃と同じつもりで動いてしまうと大変なことになってしまうので、仕事なり勉強なりを続けようと思ったら、無理のないように自戒しながらも遅れないように動く、という難しいことを、しなければなりませんが、うみ子にはそんな様子はあまり伺えません。
60代の私には違和感がある作品ですが、別の見方をすれば、40才前後の読者にとっては、夢を託せる魅力的な作品なのかも知れませんね。
つまらない、と言ってしまうには、登場人物が皆魅力的なのも確かなので。
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『ポーの一族』、これからは連載号を買うのを止めて、単行本で読んでいこうと思っていましたが、今回エディスのその後が描かれているというので、月刊flowersを買ってしまいました。
月刊flowers 2023年6月号(2023年4月28日発売)【電子版特典付き】 [雑誌]
エディスのその後については2コマでざっと描かれており、2016年現在、14才だったエディスは40才年を取り、孫の面倒を見るおばあちゃんになっていて、その間眠り続けていたアランは、彼女に会いに行くことは叶いません。
今回、ファルカ等吸血鬼達の、諦めなくてはならない、人間だった時代の幸せな日々について触れられていますが、思えばアランには、人間だった子供時代には幸せだった思い出というのがないに等しく、バンパネラになって初めて家から解放され、子供らしく生きることを許されたと言っていいのですね。エディスのことは、初めて味わう喪失感なのかも知れません。
そんなアランは、今や吸血鬼達の元である、血肉を喰らう「血の神」の依代になっています。目覚めたにしても、このまま穏便に済むとは思えません。
また、バリー•ツイストは、炎の剣を手に入れましたが、それを使って、千年封じられていた兄フォンティーンを解放し、目覚めさせるのは、兄にとって本当にいいことなのか、と迷うようになっています。
自分の王国を作ろうとしていたフォンティーンを、21世紀のイギリスに目覚めさせるのは、彼を幸せにすることなのかどうか、となると、難しいところだと、私には思えます。
とにかく、エドガーと、目覚めた以上はアランにも、幸せになって欲しいです。
何しろ、儚く夭逝する少年少女に感情移入するには、私は年を取り過ぎていますので。
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フレディ•マーキュリーの遺品がオークションに出される、というニュースが、数日前にTVで放映されたようです。
アーティストの遺品がオークションに、と聞くと、そのアーティストの世界が散り散りに消えてしまうような感じが何故かして、寂しくなりますね。
正直、ファンとしては複雑な気持ちもあるのですが、今回のことは、30年以上フレディの遺品を保管してくれていたメアリー•オースティンに感謝して、オークションを通してフレディの芸術品たちが、大切に保管してくれる人達の元に届くことを祈るしかないと思います。
フレディ•マーキュリー博物館を作るべき、という意見もあるようですが、その博物館の収益が、運営費に見合ったものになるとは考えにくいので。
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『はなものがたり』は1巻2巻共に、最近の私の愛読書になっています。
メイクに目覚めることで、自分らしさを取り戻すマンガというのは少なくありませんが、この作品は、メイクすることで取り戻した自分らしさの方に焦点が当たっていて、メイクそのものやメイク商品には、殆ど言及していません。
主な登場人物は、私より少し年上の、60代半ばの女性です。
主人公のはな代は、66才になる年に、ひと回り年上の夫を介護の末に亡くしています。
散歩に出た際に出会った、同年代の、化粧品店の店長、芳子との出会いをきっかけに、若い、と言うよりも子供と言っていい年頃からあきらめていた、自分らしさを取り戻して、自己肯定していく様子が描かれています。
第1話では、所帯やつれしてぼんやりとした顔つきで登場したはな代が、芳子に化粧してもらってからは身だしなみに気を遣い、生き生きと表情豊かになって、可愛らしく行動的になっていくのが印象的です。
今ならばモラハラと呼ばれ離婚案件になるような、はな代の亡夫の言動も、はな代自身の、孫娘が心配する位に自己主張を全くせずにいた様子も、昭和の頃なら当たり前と言っても良く、私も若い頃に男性から受けたモラハラや、それをひたすら我慢していた自分を思い出し、読みながら少し気分が悪くなってしまいましたが…。
それも、「ある時代の常識が たった五十年すれば非常識」で、高校進学から五十年経った今なら、ずっとやりたかったことも出来る…。
と、大学の聴講生になるはな代の様子が、今連載中の掲載誌には描かれているようです。
はな代のことは、芳子だけではなく、孫娘の莉子や、息子の妻の香織も心配したり、応援したりと、とても好意的です。
ただ一人息子だけが、父親譲りのモラハラで母親を笑い物にしたがるので、自分の家族からも顰蹙をかっていますが、この息子は自分の妻に対しては、家のことは何でも一緒にやってくれる良い夫だったりします。
こんな男性、実際にはいないだろうとも思いますが、はな代が自分の家族の男性に、自分の思いを主張する場面には必要なキャラクターなのかも知れません。
私自身が60代のうちに大学に行きたい、と思っていたのが、コロナの影響で家業が大変なことになってしまい、諦めることになりそうなので、この作品に惹かれるのだろうと思いますが、登場人物が皆魅力的で、亡夫のモラハラ以外はストレスなく読めるのがとてもいいです。
作品中で、大学の准教授から「吉屋信子ほど『笑われる人』を見つめ続けた人を僕は知らない」と紹介される、吉屋信子の小説も読んでみたいと思います。
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私が藤井風を聴き出したのは今年に入ってすぐなので、ファンになった直後に宗教スキャンダルが持ち上がったことになります。
藤井風が何かの宗教かスピリチュアリズムを信奉しているようだ、というのは歌詞やMVから窺えることでしたし、音楽性から見て、家族からの影響が強い人という印象だったので、宗教2世ということにもさほど驚きませんでしたが、師と仰いでいるのがサイババらしいというのには、少し驚きました。サイババ本人はもう亡くなっていますし、過去の人、という印象だったので。
サイババの信奉者の団体が日本にある、というのは初めて知りました。伝道活動を派手にやるタイプの団体ではないのでしょうか。
ここからは私の個人的な感想になりますが、今までの藤井風側のパフォーマンスをざっと見る限り、ちょっと宗教をカジュアルに扱い過ぎてはいないかな、という気がしないでもありません。
私は、藤井風がアルバムタイトルに、サイババのスローガンを使ったまでは悪くないと思います。
どんなタイトルをつけようが、アルバムは藤井風の作品には変わりませんし、何かの思想からの引用をアルバムタイトルに使ったアーティストは他にもいたと思いますし。
しかしながら、そのアルバムタイトルをツアーグッズ化し、サイババのグッズか藤井風のグッズなのか分からないようなデザインで売り出したのは、いかがなものかな、と思いますね。ツアーグッズのデザインなら、他にもやりようがあったでしょうに。
宗教思想というのは意見が分かれて当たり前のものだし、絶対に譲れないものだから、話し合っても平行線になりがちです。
そういうものだから藤井風本人も、自分の信仰や信条に対する批判的な意見がファンから出始めると、インスタのストーリーに、そんな動きに対する怒りや軽蔑を露わにするような動画を上げてしまったのではないでしょうか。
そういう難しい面があるのが宗教や思想というものだと思うので、取り扱いにもう少し気を遣った方がいいように思うのですが。
また、"grace"のライヴ•パフォーマンスについても賛否両論あるようですが、私はYouTubeに上がった映像を見て、勘弁してほしいな〜、と思った方ですね。
「やっと自由になった」という歌詞のある、開放感を歌った曲に、これはないでしょう?というのが素直な感想でした。国旗と見まごう旗を掲げるダンサーのパフォーマンスは、むしろ権威主義的で、この曲には合わないでしょう、と。
蓮華の花びらに見立てたものを降らせるとか、天人に扮したダンサーに自由を謳歌するパフォーマンスをさせるとか(スミマセン、不勉強で仏教とヒンズー教の違いをよく把握してないので、こんな表現になります)宗教観やら開放感やらを感じさせる演出法なら色々あるでしょうに、何故に旗⁉︎という印象でした。
とにかく私は新参者なので、藤井風やそのスタッフが、どんな気持ちで今までこういうパフォーマンスをしてきているのか分かりませんが、何か彼の音楽としっくり来ないように思えてなりません。
曲も歌も素晴らしいので、好きなことには変わらないのですが。
(2/27追記)
私が藤井風を聴くきっかけになったのは、去年の終わりにラジオから流れてきた「きらり」でした。
その時の感想は、
「これいい曲だな。一体誰の曲だろう。アルバム欲しいな。……ええっ⁉︎藤井風!?確かまだ20代じゃなかったっけ⁉︎」
というもの。
私は「きらり」を、'50年代後半か'60年代前半生まれのベテランミュージシャンの曲だと思っていたんですね。そういうミュージシャンに特有の音だと思ったので。
音楽好きの親の影響を受けて育ったのかな?と思い、ネットで調べてみると、彼は遅い末っ子で、父親は70才近く、やはりミュージシャンの兄とは13才違うと知り、80年代から90年代はじめ位の音楽に共通するものがあるのは、この2人の影響が強いのかな、と思いましたが。
早速YouTubeで藤井風のMVを見たのですが、「これはスゴい‼︎」と、驚きましたね。特に『何なんw』と『死ぬのがいいわ』。
標準語、方言、男言葉、女言葉、若者言葉と英語を混ぜて、曲にきれいに乗るように作り込んだ歌詞を、かすかな英語訛りのある日本語メインで歌う、独自のスタイルには、すっかりヤラれました。
70年代に「日本語のロックは是か非か」なんて議論を見てきた世代から見ると、彼の作詞法は斬新と言うか何と言うか…。「マイリマシタ〜‼︎」とひれ伏したい位のものです。
我々ブリティッシュロックの深い森wの住人なら「澱みの中へと自ら身を投じ汚辱にまみれる」とでも表現するところを、簡潔に
「肥溜めへとダイヴ」
と言ってしまうところなどは特に、目から鱗と言うか何と言うか…!
歌詞はスピリチュアリズムやインド哲学の影響が強い印象があるとは言え、「ステルス宗教」というような要素があるようには、私には思えません。宗教的教義を歌っているのではなく、何かの教えに平伏すことを促すわけでもなく、ただ淡々と個人の境地を歌っているように思いますので。
藤井風の詞を問題視するなら、まず宗教色がどの程度入っていたら問題になるのかをはっきりさせることが必要だと思いますが、その辺はどうなっているのでしょうか?
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復刻版が出たので、水野英子の「ファイヤー!」を何十年ぶりに読みました。
最初に読んだ時、私はまだ小学校低学年でした。家にあった「別冊セブンティーン」に掲載された総集編の前編だけを読んだので、ミュージシャンの成功物語だと思っていましたっけ。
その後中学生になってから、サンコミックスで全編読みましたが、面白いのだけど魅力的とは思わなかった、とでも言うのでしょうか。主人公のアロンに、あまり魅力を感じなかったんですね。
その後コミック文庫化されても買う気になれず、「ファイヤー!」のことは殆ど忘れていました。
今回復刻版が出ると知ると、何故か無性に読みたくなり、入手したのですが…
圧倒されましたね。
才人というのは、20代か30そこそこの若くて体力のある時期に、週刊誌連載の形でこんな力作、名作を描き上げてしまうものなのか、と。
そして、読んでいるうちに、私はおかしな感じにとらわれて行きました。
……主人公アロンにとっての重要人物、母親とファイヤー•ウルフは、実はアロンの想像の産物ではないのか?
そもそもアロンそのものが、この物語の語り手であるジョンの、想像の産物なのではないか……?
そんな気がしてならなくなったんですね。
理想像そのもののような母親とファイヤー•ウルフも、前半はとにかく、物語の後半の破滅へと進んで行くアロンも、実在するようには見えないんですね。漫画の中でさえ。
かと言って「所詮は漫画。嘘ごとの世界だから」と言い切ることも出来ないような…。
何とも不思議な感覚にとらわれながら、私はこの物語を読み耽りました。
今回の復刻版のあとがきに、水野英子は
「私の中に(中略)アロンでもある少年がいた。」
と書いていますが、漫画家にとってのそういう存在を作品化しようとすると、こんな描き方になるのでしょうか…?
小学生、中学生だった頃の私が、この作品に惹かれなかった理由が分かるような気がします。その位の歳ではまだ、この感じを理解することは出来ないでしょうから。
ファイヤー! 1~最新巻 [マーケットプレイス コミックセット]
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グレッグ・レイク自伝「ラッキー・マン」の翻訳本、一体どうなっているのでしょう?
amazonでは1/20発売になっているのですが、いまだに表紙の写真はありません。
シンコーミュージック を始めとしたサイトでは、3/29発売と、更に延期になっています。
…さすがに信用出来なくなってきたので、私は原書の方に、読み易いように書き込みを始めています。保存用のハードカバーと、持ち歩いて読む為のペーパーバックの2冊買ってあるので。
読んですり減らす為に買ったペーパーバックとは言え、書き込むことには抵抗があったのですが、辞書を何度もひく手間を考えれば、頭に入っていない単語の意味を書き込んでしまった方が後々読むのが楽ですからね。
何せ私の英語力は英検2級レベルなので、翻訳本があれば原書を読むのも楽になるな〜、と思ってたのですが😅
(1/20追記)
シンコーミュージック やその他のサイトで、「ラッキー・マン」の発売日は4/24に変更になっています。
amazonにしても、1/20当日だというのに、表紙の画像はなく、予約受付中のまま…。
もう、発売する気ないんでしょう、という感じですね。
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藤井風は好きなミュージシャンではあるのですが、私にとっては歌詞が怖くてなかなか聴けないミュージシャンでもあったりします。
何故かというと、『きらり』の歌詞のCMに使われた部分
「どこにいたの 探してたよ 連れてって 連れてって 」
という部分が、もう何十年も前の、私の友人のひとりがしょっちゅう言っていた言葉そのものだったんです。
赤の他人から、こんなことを言われて追い回されるのですから、当時は恐怖でしたねぇ。
詳しいことは書けませんが、今にしてみれば、その友人はボーダーこと境界性人格障害だったように思います。
最初は好印象なのに、親しくなると途端に豹変するのですから、こちらとしてはたまったものではありませんでした。
そんな思いで、去年の紅白出場曲の『死ぬのがいいわ』を聞くと、ますます恐ろしくなってしまうんですね。ホントに針でも何でも飲ませようとするんじゃないか、と思えてきて。
要するに、これは私のPTSDがなせる技なんですね。
私にはボーダーの家族がいて、子供の頃から何十年と支配されたり、逃げ出そうとするのを追いかけ回されたりを、DV防止法が出来て絶縁出来るまで、延々と続けていたので。
こういう気持ちを作品に昇華出来るアーティストと、恥ずかしげもなく赤の他人や自分より立場の弱い家族に投げかけてきて、言うことを聞かないと荒れ狂うボーダーとの間に雲泥の差があることは、私は充分理解出来るつもりです。
それに、藤井風の歌詞と、ボーダー達の支配欲の間には何の関係もないことも、充分理解しています。私が勝手に、昔の辛い思い出と彼の歌詞を、関連づけてしまっているに過ぎません。
好きなミュージシャンの歌詞にさえ、こういう反応を生み出すのですから、ボーダーからの長期間に渡る被害の記憶というのは、本当に大変なものです。
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最初にネタバレを書いてしまいます。
今回、アランは五体満足で復活します。
月刊flowers(フラワーズ) 2023年 02 月号 [雑誌]
しかしながら、アランの復活を見て、私はついて行けないものを感じてしまいました。
彼は、いたってフツーに目を覚ますんですね。
エディスを助けようと、火の燃えさかる家の中に飛び込み、大きな時計と共に炎の中に落ちて炭化し、40年もの間眠り続けていたというのに。
もっとも、"血の神"の青い霧が大量に体に入ってしまっているので、復活したとは言え、アランは元通りとは言えないのかも知れませんが。
現在の「ポーの一族」は、70年代の「ポーの一族」とは別物と思った方が良さそうだ、というのが、今回の感想です。
そして、連載誌で読むより、単行本で読んだ方が良さそうだ、とも。
エドガーやアランの心の中にいた少女、メリーベルやエディス。
そういう存在を、私は「ポーの一族」に求めがちで、つい期待してしまいます。
エドガーは、妹のメリーベルを、異常な家庭環境から救い出したと言ってもいいと思いますが、その代わりにいつまでも年を取らず、体も弱く、社会に適応出来ない存在にしてしまった。
アランは年を取らず人を喰って生きる吸血鬼でありながら、人間の少女のエディスに恋をする。
その恋を成就させようと思ったら、彼女を幸せな家庭や学校生活から引き離し、彼女を仲間にして、社会に適応出来ない生活を強いなくてはならない。
…そういう葛藤は、21世紀の「ポーの一族」では描かれることがないのかも知れませんね。
案外、20世紀の「ポーの一族」では、エドガーとアランの人間としての葛藤が描かれ、21世紀の「ポーの一族」では、それでも吸血鬼の世界に適応して生きていく、エドガーとアランが描かれるのかも知れません。
そして、萩尾望都は、少女とは別のタイプの女性を描こうとしているようだとも。
上手く表現出来ませんが、こうなってくると、雑誌で細切れの連載を読むより、完結していたり、まとまっていたりする単行本を読んだ方が、落ち着くような気がします。
]]>第4話は、大老ポーの生い立ちが語られます。
大老ポーが生まれたのは古代ローマ時代よりも更に古い、紀元前2000年頃、ミノア文明(エーゲ文明のうち、クレタ島で栄えた青銅器文明)の頃だそうです。
月刊flowers 2023年1月号(2022年11月28日発売)【電子版特典付き】 [雑誌]
今までこのシリーズを見る限り、近世ヨーロッパ生まれのエドガーは、所謂超能力の類を最初は持たず、ファルカに教わって初めてテレポーテーションが出来るようになり、中世生まれのファルカは自然とテレポーテーションを行うようになり、古代ローマ時代に生まれたバリーは時計を動かし、風を起こせる、と、生まれた時代が古くなると、吸血鬼達は超能力を持つようになり、古ければ古い程力が強くなる傾向があるようです。
では、紀元前2000年頃に生まれた大老ポーは、どんな力を持ち、これから何をしようというのか…。
この21世紀に、ポーの一族はどうなって行くのか、次回が楽しみです。
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最近何故か、昔聞いたグループサウンズのオックスの曲、『待ちくたびれた日曜日』が気になっています。
キーボード、と言うか、昔はオルガン担当と言われた、赤松愛がヴォーカルをとっていて、ファーストアルバムに入っていました。
ライトブラウンに染めたおかっぱ頭の男の子が赤松愛です。
彼らのデビューした'68年当時は、化粧や女装をするわけではないけれど中性的な男性というのが珍しい時代で、赤松愛は女の子みたいな男の子、というので話題になっていたのを覚えています。
元々オックスというのが、白タイツに編上げブーツ、フリルのブラウス、メンバー5人のうち3人が長い茶髪という格好でデビューした、GSの中でも特に派手なバンドでした。
あのステージ衣装はおそらく、当時の話題作だった映画『ロミオとジュリエット』を意識していたのではないかと思うのですが。あるいは当時のヨーロッパを舞台にした少女漫画に描かれた、王子様や貴族の子息とか。
歌詞にしても、無国籍的だったり、現実離れしたりしていましたね。
「僕の可愛い友達は 白いテラスに囲まれた 夢のお城に住んでいる」
とか
「涙とバラで包まれた はかない愛の物語」
とか…。
専門 オリビアハッセー ロミオとジュリエット チラシ B (CIC配給) 僅少
そのオックスの曲の中で、とりわけ不思議だったのが、『待ちくたびれた日曜日』でした。
気まぐれな恋人が、家を訪ねてきてくれるのを待ちわびる歌なのですが、
「あなたの好きな香水も 探して買っておいたのに」
「テーブル掛けも取り替えた お菓子もこんがり焼き上がり」
と、当時の感覚では、この歌の主人公は女の子なんですね。しかも、「私」「あたし」等、自分を指す言葉が全く出てこないし女言葉も全く使われていない、珍しい歌詞だと思います。
調べてみると、原曲はギリシアの女性シンガーの歌のようですね。
何でも赤松愛本人が、この歌を選んでステージで歌っていたのだそうです。高めのキーのちょっとかすれ気味の声と、欧米人風の発音で…。
'68年から'69年頃にこんなことをしていたというのは、赤松愛といいオックスのメンバーといい、なかなか大変な人達だったのかも知れない、という気がしないでもないのですが。
]]>フレディ・マーキュリーが、同世代のブリティッシュ・ロックのミュージシャンと一番違うところは、アフリカ タンザニアのザンジバル島生まれで、両親は実家がインドにあるペルシャ系ゾロアスター教徒だった、ということでしょう。
ザンジバル島というのは、我々がアフリカと聞いて思い浮かべる、広大なサバンナや焼けつくような砂漠とは気候も環境も違う、珊瑚礁に囲まれた風光明媚な島のようです。
フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender
イギリス、フランス等の植民地だった為、アフリカ人も徴兵されたり、軍需工場に動員されたりしたようですが、第二次世界大戦時、アフリカが戦場になることはありませんでした。
そうなると、同世代のミュージシャンが戦後のイギリスで経験した戦後の荒廃や貧困を、フレディは子供の頃経験せずに済んだのではないでしょうか?
だとすれば、フレディとは1才違いで、子供の頃は何でもかんでも、家電の類さえも手作りしなければならないような清貧の家庭で育ち、青春時代にヒッピームーヴメントに多大な影響を受けて、ヘルマン・ヘッセを愛読していたブライアン・メイや、3才違いで、ジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」を愛読していたロジャー・テイラーと比べても、ロックミュージックへの思い入れは、どこか違っていたのではないでしょうか。
私の勝手な想像になりますが、フレディにとっては、風光明媚なザンジバルの実家から、幼くして地域性の違うインドの寄宿学校に入れられたことが、居心地の悪さに繋がっていたようにも思えます。
フレディの初期の作品に見られた、楽園のような妖精王の国やライという王国が失われてしまう切ないファンタジーは、彼の少年期に抱いた、世捨て人になりたいというような想いの投影なのかもしれませんね。
TVニュース等で見られるインドと、時おり紀行番組に取り上げられるザンジバルの風景を見比べると、フレディはザンジバルでは幸せに過ごせていたけれど、インドのような国には馴染めず苦労したとしても、不思議ではないように思えます。それに加えて、幼くして両親と離れ離れにもなって、間違いなく寂しい思いもした筈ですし。
当時は旅客機が一般化していませんでしたから、インドからアフリカの実家には、そう簡単に帰れなかった時代です。
成人してからのフレディは全然本を読む様子がなかった、とは、関係者がよく語るところですが、案外フレディは、少年時代には、寂しさを紛らす為に、彼の美意識に適ったイギリスのファンタジーものの本をよく読んでいたのかも知れませんね。
誰かが、
「フレディは全然本を読まないのに『フェアリー・フェラーの神業』を書いてしまうような奴だ。」
と言っていたのはその為ではないか、と、思ったりしているのですが。
こんな風な育ちの違いが、同世代の「団塊の世代」と呼ばれるロック・ミュージシャン達とは何か違う印象を、フレディの作品に与えていたのかも知れない。
最近、そんなことを考えたりしています。
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発売延期が3回目となり、年を越しての発売(予定)となった、グレッグ・レイク自伝『ラッキー・マン』。
最初の発売予定日が8月だったというのに、いまだに表紙の写真が出ない状況です。
実績のある翻訳家が手がけている様子なので、何故こんなことになるのか、さっぱり分からないのですが…。
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?80年代の終わり頃に公開された映画『エリザとエリック』。もう30年以上前になるのですね。
ジャン・コクトーの『恐るべき子供たち』のオマージュ、と言われた作品ですが、当時の私は、この作品のお陰で救われた気持ちになったのを覚えています。
『恐るべき子供たち』の方は、「姉」であるエリザベートが弟のポールを支配し続け、最後には勝利を治める物語ですが、『エリザとエリック』は、むしろ「姉」が敗北する物語と言っていいと思います。
失望して漆黒の毒の玉を飲んで死ぬのは、『恐るべき子供たち』では弟のポールですが、『エリザとエリック』の方では姉のエリザの方ですし、また『恐るべき子供たち』では、姉のエリザベートの婚約者は事故で死んでしまいますが、『エリザとエリック』の方ではエリザの婚約者は死ぬこともなく、弟のエリックはその婚約者に外の世界に連れ出され、共に生き存えることになります。
「姉」と言うか、自分が一番上な女の子として弟分妹分を従えて、何もかも思い通りにしなければ気が済まない、自己主張が強くて一方的なタイプの女の人が、私は今も昔も本当に苦手な上に、実の姉が典型的なこのタイプだったせいか、この映画の終わり方には、爽快感すら覚えたものでした。
エリザベートを一種のファム・ファタルとして描いたジャン・コクトーの家族構成はどうだったのか調べたところ、12才上の姉と8才上の兄がいる末っ子だったようです。
監督のヴィルジニ・テヴィネの家族構成にも興味がありますが、この映画に出演しているフリケット・テヴィネは実妹のようですね。
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第3話は、なかなか大変なことになってきています。これがあの、厭世的で繊細な少年少女が主人公だった、「ポーの一族」の続編なのか、と、私などは驚きっぱなしですが。
月刊flowers 2022年10月号(2022年8月26日発売)【電子版特典付き】 [雑誌]
2016年になって、大老ポーは
「私のやり方も
私がつくった
いろいろな掟も
もう役に
立たないのかもしれないな…」
と呟き、「パンドラ」と呼ばれる壺を持って、イングランドのヨークにある、仕事場に行こうとする。
この壺は、元々海から来た「血の神」で、時折海水を欲し、古代ギリシアの海底火山の噴火で海中に沈んだ「ポーの島」で、神として祀られていた。
本名をイオンという大老ポーと、本名はベラというシスター・ベルナドットとその孫のオリオンは、この神に仕える祭司でしたが、この神と、ヨーロッパの吸血鬼達との関連は、まだ分かりません。
これに、預言者だが未来を見過ぎで頭が錯乱している「血の神」の祭司アルゴスの不吉な予言、バリー(本名バルトロメオ?)とフォンティーンの生い立ちと今後の彼等、大老ポーの、太古から近世の価値観を重んじ、現代は嫌いながらも尊重しようとする姿勢と、胸に秘めたギリシア時代の思い出…。
と、今回は色々なエピソードが詰め込まれています。
大変なことになってきたな、というのが、正直な感想です。
殆ど炭になったアランを蘇らせるには、ただ一つ方法がある、というようなことを萩尾望都は言っていたと思いますが、そのただ一つの為に、はたしてどれだけのエピソード、どれだけのページ数が必要なのでしょうか。
今後が本当に楽しみです。
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『萩尾望都がいる』を読み終わりました。思えば、萩尾望都の作品論を読むのは久しぶりのことです。
著者は私と同世代で、小学生の頃からずっと、萩尾望都の作品を愛読し続けた方のようで、それだけにこの本は萩尾作品全体を網羅した、とても好意的な内容になっています。
その「第lV章 大泉生活の顛末と心身の痛み」に、私がもう40年近く前に読んだ、萩尾望都のエッセイの一部が引用されていました。
これを私は、宮迫千鶴『超少女へ』の萩尾望都論で見たと思います。
「周辺の影が、『おまえのやっていることはひどいことだぞ。万引きや泥棒と似たようなことだぞ。法的に咎めをうけないだけで、罪には変わりないのだぞ』と、言った。」
(「単純な解答」『ユリイカ』1982年4月号)
私は、このエッセイの中に、ヘッセの著書(『デミアン』だったと思いますが、よく覚えていません)を読んで、
「そうだ、おまえは描いていい。そうだ、おまえは存在していい。いかに邪悪だろうと存在しているのだから存在を続けていい。」
と励まされた気がした、というような文章があったのは、はっきりと覚えてましたが、その前に、こういう文章があったことは、すっかり忘れていました。
私は全然知らずにいたのですが、『トーマの心臓』連載当時の「これは盗作だ」という噂は、ファンの間でさえ取り沙汰される位に有名だったらしく、萩尾望都の大泉本によれば、80年代いっぱい位まで、そんな噂が続いていたようです。また、竹宮惠子側の「ご不快」も、共通の知人から聞かされることが多々あったということですから、目を悪くした20代半ばの頃からから40才そこそこ位まで、萩尾望都は
「おまえのやっていることはひどいことだぞ。万引きや泥棒と似たようなことだぞ。法的に咎めをうけないだけで、罪には変わりないのだぞ。」
と、常に周囲から言われ続けているような心持ちで、仕事を続けていたのでしょうね。
大変なストレスだったと思います。
今はただ、静かに仕事が続けられるようにと、一読者の私は祈るばかりです。
このエッセイ、『一瞬と永遠と』に掲載されているようなので、早速取り寄せようと思います。
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安倍前首相の件から、旧統一教会がニュースで取り沙汰されています。
思うのですが、政治家と関係している宗教団体って、創価学会を除くと統一教会だけなんでしょうか?
(あ、幸福の科学もありましたね。)
考えてみると、私、大分前に某仏教系宗教団体の3人組に、執拗に勧誘されたことがあるんですが、その時彼女達、某野党の、選挙のたびに必ず当選している、とある議員の名前を挙げていたのですが…。
また、プロテスタントの牧師の中に、某政党に傾倒する者が何故かいて、信者に投票することを強要するので、カトリックの神父からも、同じ牧師からも問題視されている、なんてことも、ネットで調べると出てきます。
(実は私、この件は実際に見聞きしています。)
はて、問題視してニュースに取り上げるのは、統一教会だけでいいのでしょうかね?
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安倍晋三元首相の銃撃事件の犯人について、連日報道されているわけですが…
https://news.yahoo.co.jp/articles/dbac5c33a11e74e0bad7183e4c2c8c77178e846d
まさかとは思いますが、旧統一教会の教祖やその関係者より、安倍前首相の警備の方が手薄で狙い易かったからこういうことになったとか…
そういうことではないですよね…?
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昨日、NHKテレビ「アナザーストーリーズ運命の分岐点」、「"ベルサイユのばら"オスカルになりたかった私たち」を見ました。
「ベルサイユのばら」は、中学の頃の愛読書で、ストーリーは総て頭に入っている位なのですが、私がこの番組を見て一番印象に残ったことというのが、作品紹介でも作者池田理代子へのインタビューでもなく、1974年当時の愛読者達へのインタビューの映像でした。
大学生か?と思える、20才前後の女性にインタビューをしているのですが、この女性達が、きちんと敬語を使って、無駄のない話し方で、自分の思いを伝えているんですね。
最近は、40過ぎの中年でも「仰っていただいて〜」なんて二重敬語を平気で使いながら、
「何とかとか〜」「何とかかな〜と思います」
といった、自分の思いや行動を変にぼかすような話し方をしますが、思えば’70年代前半には、20才前後になれば当たり前に
「何とかです」「何とかだと思います」
と、きちんと言い切り、敬語もきちんと使えるのが一般的でした。
…何で最近の日本人は、こんな変な話し方をするようになってしまったんでしょうか?
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暑さ負けしてしまい、『青のパンドラ』第2話を、昨日やっと読みました。
以前、家の狭さを理由に、漫画の連載誌は買わず、単行本のみ入手する、と書いたことがありましたが、今は萩尾望都を応援する為に月刊フラワーズは買うことにしています。
考え過ぎかも知れませんが、萩尾望都は、去年「大泉サロンの伝説化」という出版社絡みの計画を、反故にするに等しい事をしています。
これが今後、漫画家を続けることに悪影響を与えるかも知れない。ならば、半世紀以上ファンで居続けてきた私に出来ることは、掲載誌を買って、アンケートの葉書を書いて出して応援することしかないな、と思ったので。
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さて、この第2話を読んだ最初の感想は
「絵が安定している感じで良かった。第1話に見られた、荒い線で描きなぐったような印象のコマがない」
でした。
再開してからの「ポーの一族」の中では、吸血鬼達は瞬間移動をしたり、鳥とネットワークを形成したり、時計を動かしたり突風を起こしたりと、超能力を発揮出来ることになっています。これが大老ポーに至っては、魔術も使えそうな様子です。
アランを甦らせることの出来るという、「青のパンドラ」と呼ばれる壺が一体どういうものなのかは、まだ先の話になりそうですが。
今回、新しく出てきた、吸血鬼の特徴は、
「子供、特に幼い子は、吸血鬼になると長生き出来ず、早く消えてしまう。だから仲間に加えるには、せめて20歳を越えた成長の終わった大人がいい」
ということですね。
ファルカが人間だった頃に亡くした息子達のことが忘れられず、子供を何人も仲間に加えたが、皆長生きせずに消えてしまった理由を、エドガーは「ちゃんと面倒を見ない。わがままを許して不用心を招く」からだとと言っていましたが。
まだ子供、と言える年齢で、100年程やそれ以上、長生きしているヨーロッパの吸血鬼は、エドガーとアランだけと言っていいようですね。
あとは、19世紀末に銀の銃弾で撃たれて消える前の、エドガーの妹のメリーベルも。
エドガーとアラン、メリーベルに共通していることと言えば、エドガーは養父のポーツネル男爵から
まあ
おまえは一族のうちでも
いろいろと
特異だから
へんだから
しょうがない
おまえは
異常だから
かわりものだから
おまえは
ーー
まだ時どきは
人間に
もどりたがってる
バラを散らす
その手を持って
ーー!
と言われる位に、メリーベルが消える前には、普通の人間の子供だった頃に執着し、戻りたがっていたこと。
アランとメリーベルも、実の親による家庭は、見かけは立派ながらも内情は崩壊しているも同然で、特にメリーベルは
兄さん
わたしたちは
いつまでも
子どもでいられるの
だから
いつまでも
はるかな国の
花や小鳥の
夢をみていて
いいのね
と言っていた位で、吸血鬼にならずとも、大人の汚さに失望して成長を心情的に拒否するようになり、子供時代に執着し続けるようになっても不思議ではないこと、でしょうか。
そんなことと、大老ポーが関わっている「青のパンドラ」や「炎の剣」といった魔術めいたもの。
舞台がベニスのサン・ミケーレ島に移り、ルチオの始祖で予言者のシスターベルナドットが関わってくるらしいこと。
…燃えてしまった「無垢なもの」アランを助けるには、色々な要素がいるようで、「ポーの一族」21世紀の物語は、長い話になりそうな気がします。
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ビョルン・アンドレセンは、ヴィスコンティの映画でスクリーンデビューしたわけですが、この監督は、総てを美しく描いてみせる監督ではありません。
例えば、ヘルムート・バーガーを主演に、狂王ルードヴィッヒを描いた時には、晩年の不潔さ、醜さをはっきり描写しています。
それに影響されたのかどうかは分かりませんが、ドキュメンタリー『世界で一番美しい少年』は、ビョルンがアパートの部屋を、所謂汚部屋にしてしまい、しかもガス台の火をつけたまま外出したからと、部屋を追い出されそうになるシーンから始まります。
幸い、現在のパートナーのイェシカが部屋の大掃除をして、大家さんが訪ねてきた時には上手に対応してくれて、難を逃れることが出来ますが。
スクリーン 1971年 12月号 ジョアンナ・シムカス ビョルン・アンドレセン
このシーンを見て、私が真っ先に思ったのが、
「ビョルンは鬱になり易いタイプかな?」
ということでした。
経験上、鬱になると、何故か掃除が出来なくなることを知っていたので。
事実、ビョルンは一時期鬱とアルコール依存に苦しんだことがあるようです。
ビョルンは孤児だったことはデビュー当時から知られていましたが、彼の家庭環境はとても複雑なようで、幼い頃はデンマークの寄宿学校に入れられ、両親はいないも同然。11ヶ月違いの異父妹がいるが、母親は未婚だった様子。ビョルンの実の父は誰か、母親が早くに亡くなった為に分からず終い。
母は自殺したと言われていたが、はっきりしない様子。映画の中に、母親について役所で調べるビョルンが出てきますが、書類を読み進むうちに、母親の遺体が司法解剖されていたと記載があり、驚いたりしている。
また、『ベニスに死す』の撮影終了後のビョルンについては、ヴィスコンティにゲイクラブに連れて行かれたのを皮切りに、ゲイの映画関係者達と関わるようになるが、ただ連れ歩いて見せびらかす、トロフィーか何かのように扱われ、将来の仕事に繋がるようなことは何一つなく、そんなことが、10代後半から20代初め頃に続いたので、社会適応するのに苦労するようになり、鬱になったり、アルコールに溺れたりした、とビョルン本人が語っていたりします。
幼児期から青年期の初めまでの大事な時期にビョルンは、無責任な大人達に、いいように扱われてしまった感じですね。
このドキュメンタリーは、ビョルンと同年代の、昭和30年代生まれの方に見ていただきたい映画だと思います。
70年代前半、あるいは昭和40年代と言うと、子供や未成年の人権なんて全く尊重されませんでした。
当時の大人達は、総て全員が戦争被害者だった。その為に、大人という大人が揃いも揃って被害者意識を抱え、戦争経験のない子供の世代に対して、
「どうせお前達は戦争のない平和な社会に守ってもらえているんだろう?誰に何をされたって大丈夫だよなぁ⁉︎」
とでもいうような、妙な加虐性をチラつかせていた。
…今振り返ってみると、そういう時代でした。
そんな時代に、後ろ盾となる親類のいない孤児が、容姿が美しいからとスクリーンデビューすると、こういうことになりがちだった、というのも、よく聞く話だったのではないでしょうか。
個人的には、やはり内向的で大人しそうに見える人間は、加虐的だったり考え足らずだったりする人間の餌食になるしかないんだろうかと、いささか苦しくなるような映画なのですが…。
ビョルンには、訊いてみたいことがひとつあります。
西洋音楽というのは、自分を否定され、生きづらさに苦しむ時の心の支えになってくれるところがある。これは邦楽にはあまり感じないところなのだけど、ビョルンにとって西洋音楽とはどういうものなのか、と。
彼はクラシック、ロック、ジャスと、子供の頃から何でも聴いていたようなので。
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映画『世界で一番美しい少年』についての最初の印象というと、やはり事前に知らされていたドキュメンタリー映画としての内容と、まるで「美少年礼賛」であるかのようなプロモーション内容の乖離でしょうか。
?THE MOST BEAUTIFUL BOY OF THE WORLD?の文字が入ったTシャツ、「美少年の憂鬱」という名のノンアルコールカクテル、アイドル時代のビョルンの、サイン入りブロマイドの無料配布(直筆ではないでしょうね)…。
映画『ベニスに死す』の放映、タジオを演じた時に着ていたセーラー服の展示にしても、微妙なところです。
まるで、萩尾望都の拒絶によって頓挫してしまった、大泉サロンの伝説化で起こそうとしていた美少年ブームを、ビョルン・アンドレセンのドキュメンタリー映画を使って起こそうとしている業界人でもいるような、そんな印象を持ちました。
アーティスト本人やデビュー当時からのファンがウンザリするような、商業ペースに乗せられて作られたブームを、クイーンで経験している私としては、酷く嫌な気持ちになったものです。
美・少・年―ビョルン・アンドレセンを中心としたヨーロッパ映画の天使たち (デラックスカラーシネアルバム)
私がビョルン・アンドレセンを初めて見たのは映画「ベニスに死す」ではなく、当時の子供から見ると高級チョコのイメージがあった、明治チョコレートエクセルのCMで、でした。
ですから、映画を最初に見て彼の美貌に魅かれ、プロモーションで来日した、長身の青年と言っていい彼の姿を見て、
「ビョルンは少年期の美を失くしてしまった…。」
と失望したという、よく聞く当時のファンの気持ちは、私には分かりません。
当時まだ小学生だった私がビョルンに魅かれたのは、日本の関係者の1人が言っていた、「立体的な魅力」にでした。
日本人から見るとエキゾチシズムの極みのような、北欧系の美貌。内向的で繊細そうな雰囲気、TV番組にゲスト出演した時の、人の良さそうな屈託の無さ…。
「綺麗で大人しくて優しそうで面白そうなオニイチャン」
という印象でしたが、その人の良いオニイチャンが、ルキノ・ヴスコンティ監督に見出されて、映画で魔性の美少年を演じていたと知ったのは、それから5年程後、TVの洋画番組で『ベニスに死す』が放送された時でした。
生来の美貌もさることながら、内向的で繊細でお人好しな、大人しいタイプの少年が、老齢の芸術家を手玉に取り、死に追いやる魔性の少年を演じている…。
この時点で、映画の中のビョルンと同年代になっていた私は、彼に興味を持たずにはいられなくなりました。
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相変わらず話題が古いのですが、『世界で一番美しい少年』のDVDを入手し、久々にこの作品を見ました。
この映画、私は東京の映画館で公開されていた時の宣伝の仕方が好きになれず、見ずに終わるかな、とも思いましたが、東京から少し遅れて近くの映画館に来たのを、変な宣伝なしに見ることが出来たのは嬉しかったですね。
クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』から起きたクイーン・ブームや、漫画家の萩尾望都と竹宮惠子、原作者の増山法恵が同居していた「大泉サロン」の伝説化の話題を見ながら思ったのですが、どうも出版業界や、所謂ショー・ビジネス界は、50~60代の女性をターゲットに、70年代リバイバルを目論むことが多いようです。そのため、この映画も、元々伝説の美少年と呼ばれていたビョルン・アンドレセンを、上手いことキャラクター化してAKB商法に走る業者を生み出しはしないか、なんてことを思っていたのですが、やはり、そういう向きは無きにしも非ずな様子だったので。
一番分らなかったのが、この映画の公開前、ピーターこと池畑慎之介をゲストにトークショーをやったことでした。
同時期にデカダンスな映画でデビューしたほぼ同年代で、若い頃は騙されることも多かった、と、共通点もあるとは言え、複雑な家庭に生まれた孤児で、元々音楽家志望だったのが祖母に振り回される形で『ベニスに死す』で俳優デビューしたり、日本でアイドル活動をしたりしたが、結局大成せずに終わったビョルン・アンドレセンと、15才位で家出して、ゴー・ゴークラブの人気者になった所をスカウトされて『薔薇の葬列』の俳優デビューで芸能界入りし、その後の歌手デビューで成功した池畑慎之介とでは、性格も生い立ちも違い過ぎますしね。池畑慎之介は両親は健在で、日舞の家元でしたし。
同じ「美少年」と呼ばれた同世代とは言え全然キャラの違う俳優に、当時の芸能界を語らせることで、何をしようとしていたのやら…。
現在のビョルン・アンドレセンのインタビューを載せているのが、おそらく唯一、クラシックの専門誌『ショパン』だけだと思います。
出来ればビョルン本人の想いも聞いてみたいと思い、私はこの雑誌の巻末にあるアンケート用のハガキに
「ビョルンの西洋音楽によせる想いについてのインタビューを掲載して欲しい」
というようなことを書いて、送ってみました。
雑誌の編集者は、読者の声を、読者側が思う以上に重要視しているそうなので。
…何だか、取り止めのないことばかり書いてしまったので、『世界で一番美しい少年』の感想等は、次の記事に書こうと思います。
]]>登場人物達の紹介が長いこと続いていた「ポーの一族」が、やっと2016年に戻ってきたようです。
『ユニコーン』第一話の続きに当たる『青のパンドラ』の連載が開始しました。
掲載誌の「月刊flowers」の表紙は、盛りのバラを飾って微笑むエドガーとアランです。
月刊flowers 2022年7月号(2022年5月27日発売)【電子版特典付き】 [雑誌]
お話は、バリーに付き添われたエドガーが、アーサーの館に帰りついた所から始まります。
エドガーはまだ骨と皮に痩せ衰え、指先が干涸びたまま。アランはトランクに入れられたままです。
エドガーはアーサーから、バンパネラ特有の看病を受けている最中(私はこれを見て、ローズウォーターとエッセンシャルオイルのローズを無性に欲しくなりましたが)。
前作『秘密の花園』で仲間になり、エドガーとアランの後継人になったアーサーは、村長のシルバーと連絡を取ったり、ポーの村でバラ油とバラ水の作り方を伝授されたりはしているようですが、隠者の画家として人間界で暮らしているようです。
隣の犬になつかれていたりして、人間や動物を「喰う」ことはしていないような様子なので、地下にずらりと並んだバラ油とバラ水は、彼の食事用なのかも知れません。
『ユニコーン』第一話から6年経っているので、絵も少し変わってきています。個人的には、『エヴァンスの遺書』の絵と似たところがあるように思えて、少し心配なのですが。
何か、線が荒いような気がするんですね。
大泉本絡みで、萩尾望都が何より必要としている「静かに仕事をすること」が難しくなったのだろうか、などと、いらぬ心配をしたりしてますが…。
この連載では、次回から大老ポーが関わってくる内容になってくるようです。
もしかしたら、アランの復活の話だけではなく、古代ギリシャからローマ時代、中世、近世と続いてきた、ポーの一族を中心とした吸血鬼の歴史も描かれたりするのかな、なんて思ったりしながら、来月号を楽しみに待つことにしましょう。
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突然ニックネームを変更してからもう何ヶ月も経ちましたが、理由を説明してませんでしたね。
以前のニックネーム?Kashka?は、あまり考えることもなく自分でつけた、ケイト・ブッシュの曲から取ったものでした。
そうしたところ、コメント欄に変な書き込みが増えてしまったんですね。
思えば、Kashkaというのは、淫靡な魅力のあるバクダッドから来た女性の名前だったわけで、その辺考慮すべきだったのかも知れませんね。
(ちなみに、変な書き込みは見つけてすぐ削除しているので、今見ることは出来ませんが)
Kate Bush The Dreaming: In-depth
その後使っているニックネーム「森川ゆりえ」は、本名ではありません。好きな作家やアーティスト数名の名前を混ぜ合わせて出来たものです。
ところで、ブログやSNSに、ケイト・ブッシュ関連の記事を書くと、男性から変な書き込みをされるのは、以前も何度か経験しています。
それについて、思うところがあるのですが、今記事にするのは難しいので、もう少し元気になってから書こうかと思います。
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今、終わってしまって淋しいTV番組というと、Eテレで先月まで放映していた「ムーミン谷のなかまたち」でしょうかね。
フィンランドとイギリスのスタッフが合同で作ったアニメのようです。
日本のアニメよりも静かで素朴な、原作の世界観に近い感じの作品で、原作ファンの私は、こちらの方が親しみ易かったです。
特にスナフキンは、少年ぽい声で話し、ハーモニカで作曲する、孤独を愛しながらも何故か子供に好かれる物静かな青年で、私が子供の頃にアニメ化された中での、ニヒルなギター弾きのキャラより、ずっと素敵に感じました。
まぁ、私が田舎者なので、素朴なキャラの方が親しみ易いのかも知れませんね。
ムーミン童話限定カバー版 全9巻BOXセット (講談社文庫)
私がこの作品で一番惹かれたのが、音楽でしょうか。
透き通る、心に沁みる、癒される…。
そんな言葉が浮かんでくるようなサウンド。
このサントラ盤CDをかけながら、久々に図書館から借りてきた原作本に目を通す今日この頃です。
ムーミン谷のなかまたち サウンドトラック(通常盤)(特典なし)
ところで、ここまで読んでいただいたら、私がこのアニメのストーリーより、登場するキャラクターの魅力とかBGMの耳当りの良さに惹かれていて、特にスナフキンが登場する回を楽しみにしていたのを分かっていただけるかと思います。
よくある話で、私も大好きなスナフキンと、ニョロニョロのキャラクターグッズを探したんですが、なかなかないんですよね。「年相応な」デザインのグッズは。そういうのは大抵リトル・ミイが描いてあります。
はて、私と同年代位の女性の間では、リトル・ミイが一番人気なんでしょうかね?
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NHKドラマは朝ドラ以外もよく見てまして、大河ドラマには完全にハマってますね(笑)
大河ドラマは子供の頃、親が見ていたのを一緒に見たりしていましたが、最近は脚本が随分変わった印象を受けます。
大体大河ドラマは、中年以上の年齢の視聴者をターゲットにしていると思いますが、そのターゲットに私の親世代−昭和ヒトケタ世代−が含まれていた頃は、歌舞伎のエピソード(例えば天狗の教えを受けた牛若丸が京都の橋上で弁慶と闘うなど)等が重視されていたように思います(ちなみに、この世代は義務教育のみ受けた者が多数派で、義務教育は小学校までだった)。
我々現在の中高年の大半は、所謂高等教育を受けているので、受験勉強の日本史が頭に入っているわけです。その我々に合わせるように、今の大河ドラマの脚本は書かれているような印象を受けます。
もっともこれは、脚本家も世代交代しているせいなのかも知れませんが。
NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 鎌倉殿の13人: 北条義時とその時代 (NHKシリーズ NHK大河ドラマ歴史ハンドブック)
さて、今放映中の大河ドラマは『鎌倉殿の13人』ですね。
このドラマの第一印象は、あまりいいものではありませんでした。
あまりにおちゃらけ過ぎているように思ったんですね。
源頼朝と北条政子を主人公に鎌倉時代を描いた大河ドラマは、昭和の頃の『草燃える』があります。
私は当時これにハマって、原作『北条政子』を始めとした永井路子の著書を一時期読みまくってましたっけ。
頼朝を演じたのが石坂浩二、政子は岩下志麻でしたから、ユーモラスな場面もあったとは言え、全体的には凛として物悲しい時代劇でした。
「それをこんな現代風に軽薄にされては夢を壊されるぅ‼︎」
と頭を抱えながら見ていたのですが。
石坂浩二主演 大河ドラマ 草燃える 総集編 全3枚【NHKスクエア限定商品】
しかし見続けるうちに、
「このおちゃらけは、怖さを引き立てる為の演出なのかも知れないな。」
と思うようになりました。
とぼけていたりふざけていたり、のんびりとした日常の中で、戦や陰謀、同族同士の殺し合いや騙し討ち等が頻繁に起きる様子は、端正で悲劇的な時代劇以上に不気味に感じられます。
また、元々源頼朝はあまり人気のないキャラクターでしたが、ここまで狡く冷酷で軽薄でだらしない、欲とプライドの塊のような人物に描かれたのは、このドラマが初めてではないでしょうか?
頼朝だけではなく、プライドの高さ、冷酷さや欲深さは、頼朝の弟達にも共通しているように思います。
ならば、これは源氏特有の性格なのかと言えば、同族の木曾義仲は、上方の礼儀や不文律に疎く不作法極まりないが、高潔な美貌の武士として描かれ、その息子は、そこに洗練された佇まいが加わった貴公子のように描かれています。
むしろ、頼朝の嫌らしさや滑稽さは、後白河法皇のそれと似た感じです。
案外、このドラマの源頼朝は、腐敗した上方の象徴のような存在なのかも知れませんね。その頼朝の側に常にいる北条義時や政子は、そんな上方を嫌悪するようになっていくのかも知れません。
義時は若い頃は素朴で大人しかったが、やがて冷酷な権力者となり、政子も尼将軍となってからは、政治の為なら実の息子も見捨てる程だった、とはよく言われることですが、これは上方の価値観に毒された者への嫌悪がなせる技だったのかも知れない。
『鎌倉殿の13人』を見るうちに、そんなことを考えるようになりました。
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去年からのうつ病が長引いていて、1年以上経つというのに寝たり起きたりの生活が続いています。
ブログ記事にしたいことは山程あるのですが、労力のいることがなかなか手につかず、もっぱら寝転がってTVを見て過ごすようになりました。
元々私はNHKの朝ドラにあまり興味のない方ですが、この『カムカムエヴリバディ』には久々にハマりました。
数十年前の『マー姉ちゃん』以来ですね(笑)
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『カムカムエヴリバディ』は今週で終わりますが、現在ネット上でよく言われているのが
「アニー・ヒラカワは何者で、安子はアメリカに渡った後どんな生活をしていて、現在何をしているのか。アニーは安子ではないのか?」
ということですね。
明日からの5日間で、その辺は分かってくるのですが。
私がこの件をどう思っているかと言うと
「アニーは安子で、記憶喪失を患っていて、日本にいた頃の記憶や日本語は断片的にしか思い出せない。」
…アニーを演じる森山良子の演技を見ると、そんな気がしているんですね。
年齢的に、あんなにバリバリ働いているのは不自然、という意見もありますが、映画『ラスト・サムライ』のキャスティングディレクター奈良橋陽子も、70過ぎてもバリバリに働いていますし。
「安子はロバートのプロポーズを受けアメリカに渡り、結婚する。
長男に恵まれ、安子はアメリカ国籍を取得し、英語名のアン(アニー)を名乗るようになる。結婚生活は幸せだったが、敗戦国の有色人種の安子には辛いことも多かった。
そんな中、ロバートが朝鮮戦争で戦死。まだ幼い長男を気丈に育てあげた安子だったが、この長男もベトナム戦争で戦死。
長男の妻は、安子の孫に当たる男の子を連れて、アメリカ大陸の反対側に引っ越してしまい、安子は天涯孤独と言ってもいい状況に陥る。ここで大病をして、記憶障害が後々まで残ることになる。
実はひなたの初恋の相手、ビリーは安子の孫だった。
後に、安子=アニーは、『ヒラカワ』という聞き覚えのある名(ラジオ英会話の講師と同名)の日系人と出会い、再々婚をする。やがて、縁あってハリウッド映画の仕事をするように。ジョージは現在の夫の甥に当たる。
日本贔屓の甥と話すうちに昔の記憶が徐々に戻りつつある中、仕事で日本に行くこととなり、ひなたに出会う。」
ご都合主義もいいところですが、勝手にこんなストーリーまで想像して、これから先の展開を楽しみにしているのですが…。
(4/16追記)
『カムカムエヴリバディ』は先週で終わりましたが、アニーは安子、は合ってましたが、別に記憶喪失という訳ではなく、アニー・ヒラカワはビジネス・ネームで、本名はヤスコ(安子)・ローズウッド。アメリカでは、辛い思いをすることもあったが、優しい夫と、同様に優しくしてくれたその両親に恵まれて過ごしたようです。めでたしめでたし、な終わり方でしたね。
しかしながら、TVでウクライナ関連のニュースを見ながら、
「思えば安子と同じ1925年生まれのアメリカ人女性の中には、私が勝手に想像したような、初婚の相手を第二次世界大戦で亡くし、再婚相手を朝鮮戦争で亡くし、長男をベトナム戦争で亡くした人がいても、おかしくはないんだな」
と思うと、ぞっとしましたね。
……太平洋戦争以降、日本が平和で本当に良かった。
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JUGEMテーマ:ROCK
シンコーミュージックから発売されたこの本、?PROGRESSIVE ROCK LIVE IN JAPAN Wish They Were Here?。
実は「絶対買うものか」と思っていたのですが、TwitterでELPファンの方が紹介していたのを見て、やはり買うことにしました。
ELPが初来日の時に、当時の洋楽TV番組「リブ・ヤング」に出演したした時の写真が、モノクロとは言え沢山載っていたり、一度きりの来日だった、デビュー間もない頃のケイト・ブッシュの写真とか、貴重な写真が満載なようです。
PROGRESSIVE ROCK LIVE IN JAPAN Wish They Were Here【1500部完全限定】
何故「絶対買わない」と言っていたかと言うと、シンコーミュージック及び元「ミュージック・ライフ」誌編集長の、クイーンファンの扱いに嫌気がさして、
「シンコーミュージックの本なんて、たかが知れてるからもういらんわ💢!」
と、思うようになっていたんですね。
思えば、シンコーミュージックの「ミュージック・ライフ」と言えば、50年代はジャズ専門誌で、それが60年代になると「ポップ・ジェネレーションのための」とつく洋楽ポップス専門誌になり、70年代半ばには「ロック・ジェネレーションのための」となって、90年代には休刊になった雑誌で、この頃若者だった世代の洋楽好きにとっては、貴重な写真や情報を山程抱えているわけです。
だから、当時の洋楽ファンで、現在中年から初老の世代の大人買いを狙った豪華本を出すのは、決して悪くない、むしろ歓迎すべきことなんですけれど…。
まあ、この件については、これから少しづつ書いていくことにします。
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JUGEMテーマ:ROCK
1stソロアルバム「バック・トゥ・ザ・ライト~光に向かって~」がリイシューされ、プロモーションのためインタビューを受けたり、インスタ・ライブをしたりと相変わらず多忙なブライアン・メイ。
そんな彼が、映画「ボヘミアン・ラプソディ」の続編を検討中、と発言したそうですね。
【Amazon.co.jp限定】バック・トゥ・ザ・ライト~光にむかって~ (デラックス・エディション)(限定盤)(SHM-CD)(2枚組)(特典:メガジャケ付)
正直、あの映画はあれで完結しているから、続編は難しいと思っていたし、去年はブライアンにしても、ロジャー・テイラーにしても、「続編はない。」と言っていたし、急にどうしたんだろう?と最初は思いました。
今は、このタイミングでそんなことを言ったブライアンの気持ちを、分からなくもありません。
ブライアン・メイ 映画『ボヘミアン・ラプソディ』の続編について「素晴らしい脚本にするためにアイデアを検討中」と語る
例えば、このアルバム収録のソロ・シングル「ドリヴン・バイ・ユー」は、偶然にもフレディが亡くなった翌日にイギリスで発売されたようですが、ブライアンは最初、フレディが大変な時に自分のソロのプロモーション活動をして、人前で愛想を振りまくような真似は出来ないと、発売延期することを考えていたようです。
それを「マイアミ」ことジム・ビーチがフレディに話すと、フレディは
「予定通り出すべきだよダーリン!今じゃなきゃ売れないよ?」
というような、ほろ苦いジョークで応じた、というような話を、ブライアンはしていたと思います。そのインタビューが載った雑誌は、今手元にないのですが。
このエピソードはこの本に、もう少し大人しい言い方で紹介されています。
また、アルバム「イニュエンドゥ」収録の?I'm going slightly mad?のPV撮影の時には、強い照明の暑さの中で、何匹か登場するペンギンのことばかり気遣っていたと、フレディの晩年のパートナー、ジム・ハットンが著書に書いていたり。
あるいは、「イニュエンドゥ」収録の?The show must go on?はブライアンの曲で、歌詞の内容が内容だけに、ブライアンが事前に歌えるかどうか打診した位だったが、フレディは立派に歌いこなして見せたとか…。
案外、ブライアンは、フレディのそういうエピソードを、映画の続編の形で公表したくなったのかも知れないな、という気がします。
しかしながら、映画の中のフレディは、実際のフレディと比べてかなり性格を変えられていたわけで、不治の病(当時は)に蝕まれながらも温厚で意思の強いところはブレなかった、本物のフレディを続編に登場させたら、あの「ボヘミアン・ラプソディ」とは上手く繋がらなくなるような…。
…何と言うか、難しいことは、無理してやらない方が良いよ、とか言いたくなってきましたが、この続編の話、どうなるのでしょうか?
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JUGEMテーマ:少女漫画全般
「一度きりの大泉の話」を手にしてからもう何ヶ月も経ったというのに、私はいまだにこの本にこだわり続けています。
すぐ削除されたとは言え、関係者2人のブログに、この本に関する記事が登場するようなことがなければ、こんなことにはならなかったと思いますが。
単なる性格の違い、単なる若気の至りが、アーティスト同士だとこうなるのだろう、で済んだと思います。
その?で少し書きましたが、この本を読んだ私の最初の感想というのが、
「萩尾望都は私とよく似たところがあるようだ」
というもの。
そして、そのまま書くと感情的に怒りをぶつけてしまうことになり、とてもネットの書き込みには出来ないようなことが、頭の中に浮かんでは消え、気持ちを落ち着かせるのが大変でした。
何故かというと、この本に登場する、萩尾望都に対して小馬鹿にしたような口の利き方をする人達に、イライラしてしまうんですね。
例えば「19 アシスタントをお断りした話」に出てくる赤田さん(仮名)。
友人の黄色子さん(仮名)をアシスタントとして雇って欲しい、と連れてきた。
試しに2人に徹夜の修羅場で働いてもらったところ、黄色子さんがとんでもない失敗をしたのを隠していたので、
「ごめんね、ちょっとウチでアシスタントをするのはまだ無理だと思う」
とお断りすると、数日後赤田さんから電話がきて、
「萩尾先生、黄色子さんを、アシスタントとして雇ってもらえないんですか?」
「私が竹宮先生のアシスタントをしているから、黄色子さんを雇えないんですか?」
「そうですか、私が竹宮先生のアシスタントをしているからじゃあないんですか」
読むだけで、非難がましいズケズケと上から目線の口の利きようが分かる感じです。
また「20 城章子さん、怒る 1975年」でのM君。
「竹宮さんと仲直りしろよ。だいたい、大泉が解散したのは城君のせいなんだろ」
「だって竹宮さんがそう言ってたぞ。あんたも意地を張るなよ」
…いくら当時は男尊女卑が一般的だからって…。
年下のアシスタントが揃って何なの、この口のきき方は!?と思うと同時に、
「いるんだよね〜こういうの。
相手が大人しいと分かると、相手が年上だろうが先生だろうが途端に態度が大きくなる奴。
この手の奴は、正論で言い返されると逆ギレして騒ぎを起こしかねない所があるから、こちらは扱いに困って仕方なく黙ってるだけなのに、すぐ調子に乗るし…。本当に嫌だわ…。」
なんて、思い出し怒りが始まってしまうんですね。
竹宮惠子の「少年の名はジルベール」を読むように、と萩尾望都にメールをよこしたという関係者達にしても、自分の言う通りに相手がしないとなると、八つ当たりはするわ、嘘はつくわ…。
一体相手を誰だと思ってるんですか?という感じで…。
「少年の名はジルベール」の後も、竹宮惠子の新聞連載が始まった為に長いこと続いたという、大泉のTVドラマ化だの竹宮惠子との対談だのと、メディアの関係者が、何度断っても萩尾望都への執拗なアプローチを止めない、というのも、萩尾望都と城章子が、2人共大人しそうなタイプの女性だからじゃないか、という気がしなくもないのですが。
「無口で静かな人」というのが、城章子の第一印象だった、と萩尾望都が書いていますし、またこの手の連中は、相手が女だと、たとえ同性でも執拗に食い下がってくるところがありますしね。
……あの萩尾望都でさえも、内向的なタイプというだけで、こんな目に遭うのか〜、と、盛大にモヤモヤ、イライラしてしまい、思い出し怒りが止まらなくなってしまって一時期は大変でした。
それに加えて、元アシスタントがブログに、メディアの取材を萩尾望都に丸投げしたことを肯定したり、
「竹宮先生は強いのでどんなことも乗り越えられるけど、萩尾先生は無理なんだから。」
と書いたりした後すぐ削除したり、竹宮惠子の現マネージャーが、
「巷では賛否両論いろいろ書かれて騒がしいようですが、どうか出版されたことを後悔されることがありませんよう今後は心穏やかにお過ごしくださいますよう。」
と、これまたすぐに削除したとは言え、脅しとも取れることを書いたり、また2人揃って、竹宮惠子が、萩尾望都のギムナジウムものは自分の「風と木の詩」の盗作だと、関係者に言いふらしていたことを肯定するかのような書き方をしていたり(2人共それを信じているような様子だったり)…。
何か、萩尾望都に無礼な態度を取っているのが竹宮惠子側の人達ばかりなのを見ると、これだったらごく若い頃の萩尾望都が、竹宮惠子に対して、男子寄宿学校での少年の愛憎劇、という設定が被る作品を発表する前に一言言わなかったり、下井草で別居するようになっても遠慮することがなかったりしても、仕方ないんじゃないか、という気がしなくもないんですが…?
こんな扱いを受け続けたら、萩尾望都も竹宮惠子側に気を遣うことがなくなっても不思議ではないと思うのですが。
竹宮惠子がアシスタント達に注意した様子は窺えませんし、そもそも目下の人間というのは、目上の人間の真似をするものですしねぇ。
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JUGEMテーマ:少女漫画全般
萩尾望都の解釈では、竹宮惠子が少女革命を起こすべく長年に亘りアイデアを温めていた作品だという「風と木の詩」。
私が唯一読むことの出来る、竹宮惠子の「少年愛」ものです。多分、セルジュがジルベールと同等の主人公と言ってもいい作品だからでしょう。
私はこの作品の読み手としては珍しいらしい、セルジュに肩入れするタイプなので。
(作者本人も『セルジュは私だ』と言っているらしいのですが)
この物語は主人公のジルベールの死で終わっています。
マフィアの手によりヤク漬けになり男娼に堕とされ、阿片の幻覚で、中に叔父(実の父)オーギュストを見て馬車の前に飛び出し、体に轍をくっきりと残して息絶える、という悲惨な最期でした。
セルジュと共に、倒錯者オーギュストの「愛という名の支配」から逃亡したのに、結局生活苦に負けて、ジルベールはオーギュストの館「ケルビム・デ・ラ・メール(海の天使)」での幸せな思い出に縋り、最後にはオーギュストの元に戻ろうとして、馬車に駆け寄り、轢かれて死んだというのですから、救いのない終わり方でした。
ファンから作者の元へ、「人殺し!」と罵る手紙が届いたというのも、分かる気がします。
竹宮惠子は、この続編を描くつもりだと中島梓に語っており、セルジュは「風木」にも数コマ登場している、ジルベールそっくりな女の子と結婚することになる、と言っていました。
結局続編は竹宮惠子に描かれることはなく、代わりに増山法恵がスピンオフと言った方がいい小説「神の子羊」を、「のりす・はーぜ」というペンネームで発表しています。
続編を書こうとしてもキャラクター達が動いてくれず、その為設定を1960年代にして、バトゥール家の直系の少年アンリが、謎に包まれた音楽家セルジュ・バトゥールの生涯を探るスピンオフ作品になった、と紹介されていたと思うのですが。
この作品では、ジルベールを亡くし、バトゥール家に戻ってからのセルジュの生涯については、ほんの僅かしか触れられていません。
セルジュは若くして、ジルベールにそっくりなイレーネと結婚し、すぐに母親似の息子に恵まれるが、後に妻とは不仲になる。世間体を気にする親族達は、彼等を別居させ、事実上の離婚となる。
最終的にセルジュは放浪生活を送るようになり、40代半ばで亡くなっていたと思います(実はこの本はもう手元にないので)。晩年には少年の愛人がいた、あるいは愛する少年がいた(『ベニスに死す』でタジオを愛するアシェンバッハのように?)かしたらしい。
あとは、セルジュには、立派過ぎて肩が凝るような寝室で平気で寝起き出来るような、無神経なところがあった。
…確か、その位のことしか書かれていなかったと思います。
この内容からすると、セルジュはジルベールが忘れられず、彼の面影を追い求めるあまり少年しか愛せなくなり、大人の女性となった妻とは上手く行かず、バトゥール家からは見放され、行き場のないまま彷徨うような生き方をして、40代半ばに早死にした、というのが、そもそもの続編の粗筋だったのではないか、という気がするのですが…。
あのアスランとパイヴァの息子であるセルジュ・バトゥールをこんな風に動かそうとしても、無理があるでしょう。学園時代の良き友、先輩、恩師に恵まれ、パットとアンジェリンという女友達にも恵まれたセルジュを!
…まあ、これは私の勝手な推測に過ぎませんが、もし当たっていたとすれば、この少年ジルベールの物語は、倒錯者オーギュストが勝利する、虐待連鎖を肯定する話になってしまうと思うのですが…。
そうなると、これまた救いのない終わり方になってしまい、そんな話を描ける漫画家や書ける文筆家は、なかなかいないと思われますが…。
それとも耽美主義とはそういうものなのでしょうか?
竹宮惠子、増山法恵両氏にとっての少年愛とは一体何だったのか、正直分からなくなってきました。
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JUGEMテーマ:少女漫画全般
「少年の名はジルベール」には、竹宮惠子が萩尾望都に対する嫉妬に苦しみ、体調まで悪くしていたことが書かれています。
?大泉サロン?解散後の下井草時代には、不気味なカモの首の悪夢に悩まされたとも。
このカモの首の夢を竹宮惠子は作品に登場させています。
別冊少女コミック?75年5月号掲載の、「真夏の夜の夢」ですね。
残念ながら今手元にないのですが、サンコミックス「ジルベスターの星から」収録の際、竹宮惠子はこの作品について、
「カモの首は、私の心理の象徴」
というようなことを書いていたと思います。
何の象徴だったか…苦悩だったか痛みや悲しみだったか、ちょっと思い出せないのですが…。
今にして思えばこの作品は、萩尾望都に対して自家中毒を起こしたも同然だった頃の、竹宮惠子の心理が投影されているような気がするのですが。
どうも主人公に、竹宮惠子と萩尾望都、両方のイメージをごっちゃにして投影しているように見えるので。
主人公の少年は心身症らしき胸の痛みを抱えている。夜な夜な不気味なカモの首の夢を見ては泣き、学校にも行かずに街を彷徨い、空から降る雨の、最初のひとつぶに当たることを乞い願う。
この辺は竹宮惠子本人の投影のように思われます。
主人公は街を彷徨ううちに、彼には真っ白でピンと伸びた翼がある、と言う魔女?の母娘の罠にはまり、カモの首のいる地下室に誘い込まれる。
悲鳴をあげて逃げ出すが、悪魔?に心臓を鷲掴みされ、更に
「この翼が汚れてないからと言って何になる?抵抗さえしなかったくせに!
きれいなだけの ねうちなし!!」
と両の翼を引きちぎられて、心臓マヒを起こして路上で死ぬ。
また、主人公には髪の色が違う双子の弟がいた。
…この辺の設定は、萩尾望都の「トーマの心臓」から持ってきている感じがします。
この「真夏の夜の夢」は、何と言いましょうか…「一度きりの大泉の話」を読んだ後では、
「自分が最初に世に出してセンセーションを起こす筈だった、ヨーロッパの寄宿学校を舞台にした少年同志の愛の物語を、萩尾望都がまた描いてしまった!!
あんな綺麗なだけのものは、偽物の少年愛だというのに!!」
という、竹宮惠子の苛立ちをぶつけた作品のように、私には思えてしまうのですが。
こういう作品を、?大泉サロン?解散後1~2年位で描いたというだけなら、別にどうということはないのですが…
最近、怖くてリンクを貼れないようなサイトを見つけてしまいました。
竹宮惠子のHPの、去年の5月から始めたらしい「Keiko TAKEMIYA MANGA studies」という大学における研究活動についてのページなのですが、このTopには「真夏の夜の夢」の扉絵が貼ってあります。
まあ単に、自分的に見て出来の良い、好きな絵だから貼ったに過ぎないのかも知れませんが、何か思うところがあって45年前の作品の扉絵を貼ったとしたら、ちょっと怖いな、と思うのですが。
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JUGEMテーマ:少女漫画全般
ここで、私の個人的な感想を書きます。
この本のamazonレビューには、
「『モーサマ可哀想!!おのれ竹宮!!』
みたいな大人げないことを書き込むファンがあまりに多い、盲信する信者みたいだ」
と、半ば呆れ気味なものが結構見受けられますが、実は私の最初の感想も
「モーサマ可哀想!!ケーコタンって、こんな人だったのね!!」
でした!
何故かと言うと、この本を読む限りでは、竹宮惠子が萩尾望都を攻撃する時は、常に周囲の人を巻き込んでいるように見えたからでした。
・「小鳥の巣」盗作疑惑の時は、「少年愛」の同志の増山法恵と一緒。2対1で責め立てた。
・「トーマの心臓」盗作の風の噂も、元は竹宮惠子だったことが疑える(あくまでも疑い)。
・「共通の知人から、たびたび?あちらのご不快?の話が急に出てきたりした」とあり、長いこと陰口を言い続けていたっぽい。
・「大泉サロンの伝説化」の企画に乗る形で自伝を出し、協力を断っていた筈の萩尾望都を巻き込み、メディアのアプローチを丸投げした。
大体こんな所でしょうか。
何でこんなことを書いているかと言えば、私自身も、女の人にこういう真似をされることがあるので、つい「思い出し怒り」をしてしまうからなんですね。
案外、萩尾望都に同情して、竹宮惠子を大人げない程感情的に攻撃しているのは、どちらかと言えば内向的なタイプで、控えめな印象を持たれがちだけれど別に気が弱いわけではない、というような人達ではないでしょうか?
私もそういうタイプなんですが。
何でそういう真似をするのか理解に苦しむのですが、内向的で控えめで馬鹿でも大人しくもない同性を見ると、相手を支配しないと気がすまなくなる女性というのが、どうやらいるようなんです。
マウンティングとはちょっと違って、奴隷化したがるんですよね。
そういう女性というのは、大抵第一印象が非常に立派な、キレイな人です。
そういう人が嘘までついて、周囲を巻き込む形で外堀を埋めて、
「これでも言うことを聞かないか!これでも言いなりにならないか!」
と、にこやかに迫ってくる。
そんなことが職場で起きたりすると、こちらは窮地に立たされて大変なことになるわけです。こちらがあくまで拒否する姿勢を貫いたら騒ぎが起きてしまいますから。
その騒ぎの根本的な原因は、周囲を巻き込んだ相手側にある筈なのですが、側で見ている分には、こちらが騒ぎを起こしたように見えてしまい、責任を取らされることになる。
結局私の方が会社を辞めることになった、ということがあったりします。
この本を読んだり、批判的なレビューを読んだりすると、そんなことを思い出し怒りしながら、萩尾望都に感情移入してしまう。
私にとっては、「一度きりの大泉の話」は、そういう本のようです。
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落ち着いて読み直してみると、萩尾望都はこの本で、「?大泉サロン?の伝説化」を止めろ、と書いているわけではありません。
「大泉についての願望や計画をお持ちの方に、お願いがあります。
大泉の企画は、私抜きでおやりくださいませ。
私はご協力はできません。お許しください。」
と書いているのです。
また、城章子の後書きには、大泉時代についてのメディアからのアプローチが「永久に終わる気配はありません」という状態になると、
「こちらの知らないところで勝手に特集を組まれてしまったりするかもしれない。間違った事実が独り歩きして、正しいことになってしまうかもしれない。何とかしなくちゃ、と強く思うようになりました。」
「とにかく大泉時代のことをアプローチしてくるメディアの人をストップしたい。そのための方法がほしい。そこで私から萩尾先生に、一度だけでいいから、避けて考えないようにしていた事柄を表に出して、それで全てに終止符を打ち、打ち切りにしましょうと提案しました。」
とあります。
大人の少女マンガ手帖 偏愛! 美少年の世界 (TJMOOK)
前記事でも触れましたが、「?大泉サロン?の伝説化」の企画は、竹宮惠子の自伝本出版によってすでに始まっていて、萩尾望都は否応なしに巻き込まれることになったのだとすれば、無関係なまま「静かに仕事をする」のは不可能、と萩尾望都と城章子が判断して、この本を出したとしても不思議ではありません。
そうすることで、大泉時代の情報をメディアに提供すると同時に「これ以上の協力は出来ません」と宣言し、もし勝手に脚色された記事やドラマが世に出ることになっても、間違ったことが独り歩きしないようにしたのではないか、と私は思うのですが。
また、萩尾望都がこれだけ嫌がってみせたのに、近い将来「大泉サロンと花の24年組」のTVドラマの放映が決定しても、おかしくはないような気がするのは、考え過ぎでしょうか。
60年代後半から70年代が舞台。主人公とその仲間達は団塊の世代の実在のアーティストで、リアルタイムのファン達は少し年下の昭和30年代生まれ位。
視聴者はノスタルジーを求める70代や、50~60代のリアルタイムのファンが中心になるが、青春ドラマだけに、もっと若い層に支持されることもあり得る。
そんなTVドラマが高視聴率を取ったら、主題歌のCDは売れるでしょうし、当時のヒットソングを挿入歌にしたら、それも売れるかもしれない。
当然70年代の少女漫画のリバイバルは起きるでしょう。単行本や画集の豪華版が「大人買い」で大売れするでしょうね。
ドラマ化やアニメ化や舞台化された作品が、DVD化されて売り出されたりするかもしれない。
…これって映画「ボヘミアン・ラプソディ」によるクイーンブームによく似てますね。
最近、何故「ボヘミアン・ラプソディ」はあんなに大当たりしたのだろう、と不思議に思うことがあったのですが、要するに、宣伝費をかけたからですよね。
地下鉄の中吊り広告やら、カラオケボックスやステーキハウスとのコラボやら、「クイーンで遊ぼう」なんてイベントやらが企画されていましたから。
「これは絶対に儲かる!」
と確信したから、映画会社は大金を出して宣伝したのでしょう。
ちなみにクイーンのメンバーの1人、ロジャー・テイラーは1949年、昭和24年生まれですね。そう言えば1947年生まれのブライアン・メイは「ベルサイユのばら」の池田理代子と同い年だったかな?
AERA in Rock クイーンの時代 (AERAムック)
今、出版、映像、音楽等の業界人は、
「60年代後半から70年代が舞台。主人公とその仲間達は団塊の世代の実在のアーティスト。リアルタイムのファン達は少し年下の昭和30年代生まれ位。そういう青春ドラマは当たれば大儲け出来る。」
と、そういう仕事がしたくてウズウズしているのではないでしょうか?
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正直私は、「静かに仕事したい」とか「放っておいて欲しい」とか言いながら、何故萩尾望都は本を出すようなことをしたのだろう、と、不思議に思っていました。
大泉のことをアプローチしてくるメディアの人をストップする為、というけれど、本を出版する以上、「一度きり」なんかになるわけがないのに。
そう思って、もう一度この本を読み直したところ、p317にこんな文章がありました。
「2014年のある日、出版社から『竹宮先生の自伝本を出版するので、昔暮らしていた?大泉サロン?の思い出を、竹宮先生と二人で語り合ってほしい』との連絡がありました。
企画としては、昔、手塚治虫先生たちがお住まいだった伝説の『トキワ荘』になぞらえて、?大泉サロン?は女性版の『トキワ荘』であったという、新たな伝説を作りたいというお話でした。」
「マネージャーの城さんは『お付き合いがないので』と協力をお断りし、『仮にその本に萩尾が登場するにしても数行にとどめてほしい』と返事をしたそうです。」
これが本当のことだとすれば、まず「女性版『トキワ荘』であった?大泉サロン?」の伝説化、という企画があり、この企画の一部として、竹宮惠子の自伝本の出版があったことになります。
2014年の時点で、萩尾望都側はこの企画への協力を断り、自伝本にも萩尾を出来るだけ登場させないようにして欲しい、という意味のことを言っていた。
ところが自伝本に?大泉サロン?のキーパーソンとして書かれてしまい、メディア側から大泉の取材のアプローチがひっきりなしに来るようになって、萩尾望都は「静かに仕事をしたいのですが、仕事に支障が出ています。」というような状況になってしまった。どうやら竹宮惠子が対談やドラマ化などの依頼に「萩尾先生がOKなら良いです」と返事しているらしい。
そんな状態になったということは、実は?大泉サロン?の伝説化の企画は、結構進んでしまっているんじゃないか、と思って調べてみたところ、前記事にも書きましたが、去年の10月発売のこんなCDを見つけました。
何かのテーマソングにする予定でもあったんでしょうかね?
「それならば、メディアの方々にお答えしましょう。本の出版という形で。皆様が知りたがっている大泉のことも書きました。何故竹宮先生との対談を断るのか、その理由も書きました。こちらの?大泉サロン?伝説化に対する姿勢についても書きました。
だから、これから先、大泉に関する取材は一切受け付けません。二度と連絡してこないで下さいね。
これ以上私の仕事の邪魔をしないで下さい。」
‥‥案外萩尾望都とマネージャーの城章子は、そんな気持ちで「一度きりの大泉の話」を出したのではないでしょうか。
もっと穏便な形に出来なかったのか、という意見もあるでしょうが、2014年の時点で、城章子はこの企画への協力を断っているわけですし、萩尾望都も今までずっと、当り障りのない話だけにととめていたわけです。
萩尾望都先生デビュー50周年記念 『ポーの一族』×Noritake コラボ特製プレートA<薔薇>
本人達が穏便に済ませたがっていたのに、延々と続くメディアのアプローチが、こういう結果を出してしまったように、私には思えます。
まさかメディア側も、「大泉の死体」が「永久凍土に封じ込め」られているとは思わず、仮にそういうものがあっても、普通に埋葬して、都合良く土に返せる類のものと思っていたのでしょうが。
萩尾望都の、竹宮惠子に対する怒りも当然あるわけですが、昔のことを執念深く恨んでいるというより、今現在の仕事の邪魔をされたことに怒り心頭なのでは?
何しろ、かなり長くなりそうな「ポーの一族」の連載の最中に、「萩尾先生がOKなら良いです」と、メディアの取材を丸投げしてきたのですから。
「ポー」の連載だけではなく、まだ「王妃マルゴ」も終わってなかったり、宝塚の「ポーの一族」があったり、デビュー50周年イベントがあったりと、色々あった時期を通してですからねぇ。
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萩尾望都が、SF作家光瀬龍や劇作家で歌人の寺山修司と一緒に仕事をした後、「OSマンションの方」もこの2人の大ファンだったと知り、また逆鱗に触れることになってはたまらないから、と、光瀬・寺山両氏からお誘いがあっても新たな仕事の依頼があっても、断って逃げていた、と「一度きりの大泉の話」には書かれています。
こういう事になったのは、竹宮惠子から「節度を持って距離を置きたい」「OSマンションに来られては困る」「せっかく別々に暮らしてるのに前より悪くなった」というような手紙を渡されたからでもあるでしょう。今で言う「コミュ障」の自覚のある萩尾望都は、自分には「節度ある距離」が取れないから、とここまでせざるを得なかったようです。
それでも、共通の知人から?あちらのご不快?の話が急に出ることがあったようですが。
その最たるものが、「萩尾望都の『トーマの心臓』は竹宮惠子の『風と木の歌』の盗作だ」という風の噂で、1990年頃まで続いたようです。
この噂の出どころが「OSマンションの方」ではないにしても、最初に流れたのが「風木」連載前である以上、OSマンションに出入りする関係者の可能性が高い。
大泉解散後、佐藤史生と城章子が、萩尾望都と竹宮惠子両方のアシスタントをしていたわけですが、佐藤史生が城章子に、
「ケーコタンがモーサマに嫉妬して大泉を解散させたんだ、ケーコタンに同調してモーサマを苦しめるんじゃない。」
と注意したこととか、竹宮惠子と絶縁することとなった時の城章子の様子とかを見る限り、竹宮惠子が仕事場で良くないことを、多分言っていたんでしょうね。
「『トーマ…』は盗作」とか、「大泉解散は、佐藤史生と城章子のせい」とかの噂は、周囲の人間が尾ひれをつけたり、ちょっとした種火から盛大な煙を立てたりしたのかも知れませんが。
竹宮惠子にとっては若気の至りだったとしても、結果的には萩尾望都の仕事の邪魔をしたことになります。
また、竹宮惠子の逆鱗に触れないように、とひたすら気を遣っていたのは、20代から30そこそこ位の萩尾望都です。
今の萩尾望都が当時を振り返り、70~80年代にしか、若い頃にしか出来ない仕事のチャンスを逃してしまったことを思う時、どんな気持ちになるか…。
何しろ萩尾望都は、竹宮惠子が怖くなる位に物覚えが良かった。別の言い方をすれば、忘れたくても忘れられない位に記憶力が良いわけですから。
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しかも、自伝本を書くことで竹宮惠子は、そういうつもりはなかったにしても、結果的には萩尾望都の仕事の邪魔を、再びすることになってしまったわけです。
メディアからの取材の電話が絶えず来るようになった時期と、「ポーの一族」連載やデビュー50周年のイベント等の時期が重なるのは、決して良い事ではなかったでしょう。
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