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イエス ユニオン ツアーの思い出

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    JUGEMテーマ:ROCK

     

    amassのこの記事を見て、イエスが「ユニオン ツアー」をしていた当時に私が通っていた、英会話スクールの先生を思い出しました。

     

    8人イエス91年8月カリフォルニア公演のライブ作品『Union Live』  フル映像2時間がアーカイブ公開

     

     


    ユニオン・ツアー1991 [DVD]

     

     

    大学を卒業したばかりのアメリカ人の先生で、80年代のイエスの大ファンでした。私は80年代も好きですが、どちらかと言えば70年代イエスの方が、今も好きですね。

     

    私は東京公演を見ているのですが、たまたまその翌日が英会話スクールに行く日でした。

    そういうわけで、その日のレッスンは、私が持ち込んだ日本公演のパンフレットを眺めながらのフリートークとなりました。

     

    「それで、コンサートはどうだった?」

     

    「……うん…。多分、あれは近いうちに解散するよ。」

     

    「えっ!何故?」

     

    「ステージで、ジョン・アンダーソンが真ん中にいて、そこから他のメンバー達が真っ二つに分かれてる感じだったんだよね。

    70年代サイドと80年代サイドという感じで、お互いに近づこうとしないんだよね。…クリス・スクワイアは70年代側だったな。

    途中の休憩とかコンサートが終わった後とかにも、それぞれの側のソデに、真っ二つに分かれて引っ込んで行ったし。

    案外、あの様子じゃ楽屋も別々に離れた場所にあるんじゃないのかなぁ。」

     

    「ふ〜ん。僕は去年のシアトルのコンサートで警備員のバイトをしたんだよね。日本に来る直前だったんだけど。

    シアトルではそんなことはなかったのになあ。」

     

    8人イエスはユニオン ツアーの後、私の予想通り解散しました。

     

    そのシアトルのコンサートと同時期のライブ映像がこちらになりますが、確かに日本公演でのよそよそしさは感じられません。

    やはり長期に渡るワールドツアー、しかも8人の大所帯となると、色々なことがあったのでしょうね。

     

     


    バネ指を治しながらインナーマッスルを鍛えることに?

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      JUGEMテーマ:日記・一般

       

       

       


      フロイデ4De EMS複合高周波 50万ヘルツ【インナーマッスル&アウターマッスルを同時に鍛える!】

       

       

      年のせいかバネ指になってしまい、整骨院で治療しています。

      幸い、超音波、低周波でかなり改善し、通院と並行して、ヨガの先生から教わった手のケアを頻繁に行うようにしたところ、曲げた指を伸ばせない、ということはなくなりました。

       

      指を根本から指先へと引っ張るようにしてマッサージする。

      手の甲の骨と骨の間を、毒素を絞り出すようなつもりで、手首から指の間に向けてマッサージする。

      手の甲側の、親指と人差し指の間を手首に向けて指圧する。

      手の平側親指付け根の、膨らんだ所を指圧する。

      手の平の真ん中辺にある、押して痛気持ち良いツボを指圧する。

      それに加えて、痛みのある関節をマッサージする。

       

      …といった、ごく簡単なことですが、超音波、低周波と並行して行うと効果抜群なようで、施術師の先生から

      「是非続けて下さい。」

      と言われました。

       

      また、この整骨院で、機械を使ってインナーマッスルを鍛えるコースがあるので是非、と勧められたのですが…。

      何しろ保険がきかないので、下手すると1ヶ月に万単位、お金がかかりそうなんですよね…。

       

      家に帰ってオヤジに話したところ、元スポーツ少年の彼は、インナーマッスルを鍛える方法はいくらでもある。大金払って機械に頼る必要はない、と、インナーマッスルに効くスポーツやエクササイズについて熱く語り始めた。

      スポーツはことごとく苦手な私には、スポーツ少年と同じ方法では長続きさせられそうにないけれど、話を聞いていると、案外ぶら下がり健康器とツイストボードが効くかも知れないな、と思うようになった。

      幸い、うちの団地には運動公園があり、そこには懸垂&ぶら下がり健康器とツイストボードがある。

       

      屋外用なので、ぶら下がり健康器は通販で扱っているものよりずっと頑丈に出来ている。

       

       

       


      H-TRAINING ぶら下がり健康器 改良強化版 懸垂マシン トレーニングマシン pull up machine EJ(海外直送品)

       

       

      ツイストボードも室内用のものとは全然違う。簡単な造りのぶら下がり健康器の下に、真ん中だけネジで止めて、回転するようになっているマンホールのフタがあるようなものだ。

       

       


      Felimoa ツイストボード エクササイズ 足つぼマッサージ 体幹トレーニング 1台6役

       

       

      試しにやってみたところ、背筋が伸びること伸びること!

      胸の手術痕が痛むのをかばううちに、知らず知らずのうちに猫背になっていたようで、これは絶対に続けなくては、と思った次第です。

       

       


      シェイプメイト ランダムアクセス高周波EMS ダイエット・インナーマッスル 筋肉を慣れさせずにトレーニング!

       

       

      整骨院の先生の話では、インナーマッスルをエクササイズで鍛えるのは難しい。機械に頼った方がいい、という話でしたが、果たしてどうなることやら。

       

       


      脂性肌の毛穴対策に…明色スキンコンディショナー

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        JUGEMテーマ:スキンケア

         

        さて、無印良品敏感肌用薬用美白美容液でシミがひとつ消えたのは良かったのですが、この美容液は私にはしっとりし過ぎるようで、頬に吹出物が出来てしまいました。

        元々脂性肌で、頬や鼻の毛穴が目立つのも気にかかるところです。

        例によって、プチプラで良さそうなローションがないかと探して、目に止まったのがこちら。

         

         


        明色スキンコンディショナー 200ml

         

         

        こちらは収斂化粧水です。

        化粧を始めたばかりの若い頃に、エタノール(アルコール)の多い収斂化粧水や拭き取り化粧水は肌に悪い、と言われていたので抵抗はあったのですが、案外プレ化粧水というのは良いかも知れない、と取り寄せて使ってみました。

        元々私は薔薇の香りが好きだったせいもありますが。

         

         

         

         

        その結果、吹出物は見事に小さくなったり消えたりして、毛穴も目立たなくなりました。

        最初は化粧水を手に取って顔にはたき込んでいたのですが、どうも具合が良くないので、試しにコットンに浸して拭き取り化粧水のように使ってみると、劇的という言葉を使いたくなるくらいの結果でした。

        私のように脂性肌で、皮脂が過剰で角質がたまりがちだと、収斂化粧水や拭き取り化粧水も悪くないのかも知れないですね。

        ネットの口コミに、アルコールが入っていない化粧水だと吹出物が出来るので、明色のアストリンゼンを使っている、という書き込みがあったりしましたし。

         

         

         

         

         

        ならば次は保湿効果が無きに等しい拭き取り化粧水を使ってみようか、とも思ったのですが、

        たとえ脂性肌でも収斂化粧水や拭き取り化粧水のエタノールは良くない。毛穴ケアならビタミンC誘導体の方が良い。

        という意見が多いのも気になります。

        また、収斂化粧水を使うのは、肌を酢締めしているのと大差ない、という話も昔読んだことがありますが、確かにつけた感じが酢締めと変わらないかも、と思えなくもありません。

         

        次回はビタミンC誘導体配合のプチプラ化粧水を探して、使い比べてみることにしました。

        果たしてどっちが良いか?

         

         

         

         


        無印良品の敏感肌用薬用美白美容液でシミが取れました

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          JUGEMテーマ:スキンケア

           

          お盆は過ぎたとは言えまだまだ暑い最中に、この記事を偶然見つけました。

           

          「半信半疑のあなたへ」美白美容液はもう1400円で十分でした
          

           


          無印良品 敏感肌用 薬用美白美容液 (新)50ml

           

           

          私は目蓋のくぼみ、顎骨の下、頬骨の下と、何故か骨の下のくぼみばかりにシミがあるので、この記事で紹介されていた敏感肌用薬用美白美容液を、近くに無印良品がないのでamazonで購入しました。

          そして毎朝使い続けてみた結果、1カ月足らずで頬のシミが取れました!

          正直、ビックリです!

           

           


          ロゼット洗顔パスタ ホワイトダイヤ 90g

           

           

          以前ロゼット洗顔パスタホワイトダイヤを使っていたいた時にも、目に見えて薄くなったのが頬のシミでした。

          元々取れ易いタイプのシミだったのかも知れませんね。

          目蓋や顎のシミはまだ残っていますから、総てのタイプのシミが短期間で取れる、というわけではないでしょうが。

          このホワイトダイヤは美白効果はあるのですが、朝晩毎日使っていると、薄皮を剥がれたようにヒリヒリするようになったんですね。

          少し休んだ方がいい、と判断し、今は同じロゼット洗顔パスタの、アンチエイジングに効果があるという卵穀膜の入った、エイジクリアしっとり洗顔フォームを使っていますが。

           

           


          ロゼット洗顔パスタエイジクリアしっとり洗顔フォーム

           

           

          案外、朝は美白、夜はアンチエイジングと、化粧品を使い分けるのも良いかも知れないですね。

           

           

           


          SCが銀行を運営すると…イオン銀行

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            JUGEMテーマ:日記・一般

             

            先日イオン銀行でiDeCoの手続きをしてきました。

            節税が第一目的で、満期まであと数年なので、元本確保型のみ選択しました。

             

             

            イオン銀行 個人型確定拠出年金 iDeCo(イデコ)とは

             

             

             

            私がイオンカードセレクトを使うようになったのは、去年海外のサイトから買物をする為、マスターカードを作れるカウンターを探したところ、近所にイオン銀行しかなかったからでした。

            最初はカードだけ作るつもりでしたが、普通預金の利息が従来の銀行より高いので、口座も作ることに。

            iDeCoの手数料も、カウンター対応の銀行としては安かったですね。

             

            iDeCoの手続きの為何度か通って思ったのが、

             

            「成る程、これなら利息を高く、手数料を安く出来ても不思議ではないな…」

             

            銀行のカウンターをイオンの中に作るのですから、家賃と電気代はかからないでしょうし、警備の心配も、多分しなくていいのではないでしょうか。毎日それなりの額のお金が出入りするショッピングセンターの中にあるのですから。

            職員さんと話した感じでは、他にも経費削減できることがありそうな印象でした。

             

            ショッピングセンターが運営する銀行というのも、悪くないアイデアと思えます。

             

             


            悲劇のエンジェル来日公演はクイーン初来日のサルマネだった?

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              JUGEMテーマ:ROCK

               

              武道館公演で見事にコケた新人バンドと言えば、エンジェルがいます。

              もっとも、これは彼等に非があったわけではなく、タチの悪いプロモーターに引っかかってしまったからでしたが。

               

               


              ライヴ・ウィズアウト・ア・ネット(紙ジャケット仕様)

               

               

              何でもエンジェルは、77年の春に来日が決まっていたのだそうです。多分、会場も人気に見合った場所だったのではないでしょうか。

              それを、設立されたばかりのトヨタという会社が、倍のギャラを払って2月の半ばに武道館公演を含む全国ツアーを持ちかけ、横取りするような形で来日させたようです。

              当時はロックファンと言えば殆どが学生だったのですが、2月の半ばと言えば、学生は受験や期末試験を控えてコンサートどころではない時期。

              おまけに1月の終わりから2月の初めにかけてエアロスミスが、3月の終わりから4月の初めにはキッスが来日しており、条件として最悪な時期の来日でした。

              当時、クイーン、キッス、エアロスミスをまとめてビッグ3と呼んでいて、エンジェルはそのビッグ3のファンが2番目に好きなバンドとして挙げることが多かったんですね。ビッグ3にエンジェルも入れてビッグ4とか四天王と呼ぶこともありました。

               

               

               


              舞踏への誘い(紙ジャケット仕様)

               

               

              このプロモーター、自動車メーカーとして海外で知られるトヨタと同じ名前を名乗り、アメリカの業界誌か何かに自社の広告を出したりして、大々的に宣伝していたらしいのですが、何とエンジェルの来日ツアーの途中で倒産してしまいました。

              ツアーは中止。エンジェルは泣く泣くアメリカに帰国。来日前にギャラが支払われていたので、金銭的被害はなかったのは、不幸中の幸いでした。

              中止になった公演のチケットの払い戻しはなかったそうです。多分、経営者が自己破産したのではないでしょうか。

              倒産の原因は、エンジェル来日公演の不入り。トヨタ側の言い分は

              「(ミュージシャンは)顔が良くても音が良くなければ客を呼べない。」

               

               


              華麗なる貴公子(紙ジャケット仕様)

               

               

              中学生だった私でさえ、何と非常識な会社なのかと呆れたものでした。

              当時のエンジェルは、人気上昇中の新人バンドといった立ち位置にいましたが、トヨタが企画した来日ツアーは、レッド ツェッペリンやクイーンといったスーパースター並みのスケジュールでした。しかも前に書いた通り、時期も最悪だったわけです。

              おまけに前売り券が売れていなかったにもかかわらず、トヨタは来日前の時点で追加公演を決定する有様でした。確か、武道館で2日間だったと思いますが。

              本当に訳が分からない会社でしたね。

               

               


              天使の美学(紙ジャケット仕様)

               

               

              今にして思えば、トヨタは渡辺プロダクションによるクイーン来日公演の成功を見て、二匹目のドジョウを狙ったのではないでしょうか。

              長い髪と白装束に化粧をした、女の子受けするバンドに、武道館でコンサートをやらせれば大儲け出来ると思い込んで暴走し、猿真似をしただけなような…。

              そもそもクイーンの成功は、渡辺プロダクションの宣伝力によるところが大きかったのは、前に書いた通りです。

              ところがエンジェルの場合、別にデビュー以来毎月音楽雑誌に載り続けたバンドというわけではないし、来日が決定した後も、トヨタはまともにエンジェル来日の宣伝をしていた様子はありませんでした。

              来日公演が決まれば、普通は新聞にチケットの広告を載せるものですが、エンジェルの時には全くありませんでしたね。宣伝記事が一般誌や新聞に載ることも、全然なかった。

              来日公演の広告や宣伝は、月刊誌ばかりの洋楽専門誌のみで、正直、珍しいと思っていました。

               

              変なプロモーターのおかげで、「悲劇のエンジェル」と報道されてしまい、日本では負のイメージから人気が急降下してしまったエンジェルですが、前払いでトヨタからもらった通常の2倍という莫大なギャラを使って、帰国後には大掛かりな全米ツアーを行い、本国アメリカでは安定した人気を得ることとなったそうです。

               

               

               

               


              パンキー・メドウズ / フォーリン・エンジェル [CD]

               

               

              ギタリストのパンキー・メドウズは、最近ソロアルバムを発表したようですね。


              初来日時クイーンの芸能活動

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                フォト・ライブラリー・シリーズ クイーン

                 

                 

                75年4月に初来日したクイーンは盛大なレセプションで歓迎され、日本公演初日の翌日には、春の昼下がりに東京タワーが見えるホテルの庭園に緋毛氈を敷き、絹の着物の日本女性にもてなされ、野点を体験しました。

                 

                その様子は沢山のカメラマンに撮影され、まだ彼等が日本に滞在中に、新聞や週刊誌に載せられていましたっけ。

                 

                 

                 


                クイーン・ファイル (FILE SERIES)

                 

                 

                キムタクのドラマ「プライド」でクイーンが再評価された頃、あるいはその少し前のムックや単行本には、実はクイーンの最初の日本公演は、あまり前売り券が売れていなかった、と語る関係者のインタビューが載っていたと思います。

                招聘元渡辺プロダクションの渡辺美佐が懸命に宣伝した為、初日は招待券や当日券で満席になったと。

                 

                 


                アーカイヴシリーズ Vol.6 クイーン I (シンコー・ミュージック・ムック―アーカイヴ・シリーズ)

                 

                 

                野点だけではなく、とても本人達が楽しんでいるようには見えないフレディとジョンの名古屋城見物(途中で遠足の小学生と遊んでいる時は楽しそうでしたが)、ブライアンが疲れて不機嫌になってしまった京都見物にしても、観光と言うより撮影会という印象で、今にして思えば、週刊誌や新聞に彼等の写真を載せて、宣伝することが目的だったように思います。

                フジテレビの15分のトーク番組「スター千一夜」に出演したりもしていました。

                クイーンのメンバー達も忙しくて大変だったろうと思います。

                その甲斐あって、追加公演まで行われましたが。

                 

                実は、クイーンの初来日公演は、ミュージシャンからはあまり評価されませんでした。

                当時の機材では、ブライアンのギターオーケストレーションを再現するのが難しく、音が薄っぺらになりがちだったり、日本はワールドツアーの最終地なので、喉を酷使したフレディとロジャーが、ハイトーンのシャウトが上手く出来なくなっていたりという、仕方ない事情もありましたが、ギターとピアノのチューニングが合っていなかったりもしたらしいですね。

                先日、知人から当時の音楽雑誌を見せてもらった時、今は亡きキーボーディストの茂木由多加が、クイーンはレコーディングバンドであり、ライブバンドとしてはミュージシャンの間では評価されていない、と、チューニングの件を書いているのを見つけ、びっくりしました。

                 

                チューニングさえ合っていないクイーンのライブなんて、今では考えられませんから、初来日の時には、芸能活動に追われてサウンドチェックの時間を削られたり、ピアノの調律にお金をかけてもらえなかったりしたのかも知れませんね。

                 

                親日派として知られるクイーンですが、70年代後半に世界的スーパースターの地位を確立すると、日本での人気をなかったことにしたいような様子が見られたことがあったようです。結城ちよというイギリス在住のライターが、よく憤慨しながら音楽専科誌に書いていましたっけ。

                今にして思えば、クイーンのメンバーがそうしたがったとしても、おかしくはないように思えます。

                翌年春の再来日まで、クイーンのアイドル的な売り方は続きました。

                そして来日フィーバーが収まった頃、私の周りにいたクイーンファンは激減していました。76年9月のハイドパークのフリーコンサートあたりで半減していたと思います。

                 

                クイーンというバンドを世界で最初に認めたのは日本のファンだった、という話をよく見聞きします。しかしそのファンの中の半分は、芸能プロダクションの売り込みに乗せられた女の子だったとしても、おかしくはないように思えます。

                 

                 

                 


                1974年のクイーンとナベプロとシンコーミュージック

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                  JUGEMテーマ:ROCK

                   

                  「日本でのクイーン人気を陰で支えていたのは、大手芸能事務所の渡辺プロダクションだった。当時クイーンが所属していたレコード会社のワーナーパイオニアは渡辺プロの資本が入っており、クイーンに可能性を感じた同社は、いきなり武道館公演をブッキングするなどして積極的に売り出していった。」

                   

                   


                  昭和40年男 2018年8月号

                   

                   

                  「昭和40年男」8月号の、昭和50~51年のクイーンを紹介するページを見て、何か腑に落ちる感じがしました。

                   

                  思えばクイーンがデビューした74年3月から、ミュージックライフ誌は毎月のようにクイーンを載せ続けていました。

                  ワーナーパイオニアがプッシュし、音楽評論家の大貫憲章が惚れ込んでいた新人で、当時ミュージックライフの副編集長だった東郷かおる子が「これは売れる!」と直感したから、とはよく言われていることですが、それにしても異例と言っていい扱いでした。

                  確かデビュー直後早々に、クイーンのロゴステッカーやミニポスターが付録についたりしていました。

                  デビューから3ヶ月もすると、「麗しきクイーンの秘密」というようなタイトルで特集記事が載せられたのは、この頃「クイーンII」が発売されたからでしょうか?

                  日本では、クイーンは74年3月にデビューアルバムが出て、同年6月にセカンドアルバム、12月に3枚目の「シアーハートアタック」が発表される、という形でデビューを飾っています。

                   

                  当時は、洋楽は本国より数ヶ月遅れでアルバムが発売となるのは当たり前で、洋画になると、上映が1年遅れなのが当たり前でした。

                  物心ついたのが80年代以降の方には、想像がつかないと思いますが。

                   

                   

                   


                  MUSIC LIFE (ミュージックライフ)1974年12月号 エリック・クラプトン日本上陸特集:その一瞬、観た!聴いた!そして泣いた

                   

                   

                  秋に人気投票が始まると、何とアルバム部門で「クイーンII」が一位独走!ちなみに二位は「恐怖の頭脳改革」EL&P。

                  そして12月号では、遂に表紙に登場(…しかしこれは、本来なら来日したクラプトンが表紙を飾る筈だったのが、本人が当時酷いアルコール依存症で写真撮影を一切拒否した為、急遽クイーンに差し替えになったのだとしても、不思議ではないですが)。

                   

                   

                   


                  MUSIC LIFE(ミュージックライフ)1975年2月号 『特別企画』「ロック・ジェネレーションに贈る新春エッセー」横尾忠則、愛川欽也 (MUSIC LIFE)

                   

                   

                  75年になり、来日が決まると、「クイーンのABCからXYZまで」といった題名の特集記事が組まれ、最年少のジョン・ディーコンが女の子のファンにキャーキャー騒がれている、なんて記載がありましたっけ。

                  実際にキャーキャー騒がれていたのは、主にロジャーとブライアンだったのですが。

                  そして、この辺からミュージックライフ誌が急に売れるようになったとかで、予約なしでは入手出来なくなり、やがて同誌は書店で平積みになりました。

                   

                   

                   


                  MUSIC LIFE (ミュージックライフ)1975年5月号 新着クイーン特写カラー写真一挙掲載!スペシャル・ピンナップ:バッド・カンパニー。

                   


                  ミュージック・ライフが見たクイーン

                   

                   

                  クイーンが初来日を果たし、イギリスに帰国した後には、何と「オペラ座の夜」レコーディングの為リハーサル中のクイーンを、現地に取材に飛んだりもしていましたっけ。

                   

                  その特集が載った9月号のグラビアページはクイーンだらけで、正直クイーンの大ファンの私でさえも、

                  「せっかくイギリスにまで取材に行ったのだから他のミュージシャンも見たいのに!」

                  と思った位でした。

                   

                   

                   


                  MUSIC LIFE (ミュージックライフ)1975年9月号 本誌独占!!ロンドン直撃取材!●クイーンと独占会見!!グラフと記事で一大特集!!

                   

                   

                  今にして思えば、74~75年のミュージックライフ誌でのクイーンの特別扱いは、シンコーミュージック社と渡辺プロダクションとの間に何らかの取引があってのことだったのかも知れませんね。

                   

                   


                  映画「ボヘミアン・ラプソディ」全国で上映されるようです

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                    JUGEMテーマ:ROCK

                     

                    いや〜、ビックリしました!

                     

                    クイーンの映画「ボヘミアン・ラプソディ」、多分東京、大阪等の数ヶ所のみだろうと思っていたのですが、全国での上映となるようです!

                     

                    THEATER ボヘミアン ラプソディ

                     

                     

                     


                    『ボヘミアン・ラプソディ』映画前売券(一般券)(ムビチケEメール送付タイプ)

                     

                     

                    良かった〜!これなら何回も気軽に行けるわ〜!二駅先の映画館でもやっているわ〜、と、自営業の旦那持ちで、将来の年金の為にパートで働いている、1日24時間では足りない私は大喜びであります!

                     

                    クイーンファンのブロガー、勇気凛々さんによれば、試写会の情報もあるようですね。

                     

                    勇気凛々 試写会情報その2

                     

                     


                    Queen Palace Theatre、マンチェスター1974音楽ポスター33 x 23.5

                     

                     

                    この「ボヘミアン・ラプソディ」、観に行くときには、ハンカチやハンドタオルは必需品になるでしょうね。

                    フレディの映画は、最後は彼の死を描くことになります。

                     

                    分かってはいても、ファンとしては、どうしても切なくなりますね。

                     

                     


                    服部まゆみ「罪深き緑の夏」復刊された模様

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                      JUGEMテーマ:日本のミステリー

                       

                      久々に時間が出来たので本屋巡りをしていたら、大好きだった服部まゆみの「罪深き緑の夏」の文庫を見つけました。

                      河出文庫から最近復刊されたようです。

                       

                       



                      罪深き緑の夏 (河出文庫)

                       

                       

                      昔、角川文庫から出版された時のカバーはこちら。

                       

                       


                      罪深き緑の夏 (角川文庫)

                       

                       

                      服部まゆみはミステリー作家に分類されていますが、言葉を紡いで美を描いていくような耽美派と称される作風で、謎解きに価値を見出すタイプではありません。この作品では謎は謎のままで終わっている印象です。

                      そのこと自体は何とも思いませんが、洋ちゃんという子供が行方不明になるエピソードは、中途半端に仄めかされたまま終るのでちょっとモヤモヤしました。



                      罪深き緑の夏

                       

                      最後に数ページ、「ふたたび 夏」という短い後日談がありますが、それが2010年と、今から8年前の設定になっているのに、少し戸惑いを覚えます。

                      単行本が出版されてから、もう30年が過ぎ、私は当時の倍以上の年になってしまっている。

                      日本の気候も変わってしまい、夏草のむせ返るような匂いや光と影の対峙、いつまでも続く涼やかな夕暮、そういうものを愛でることは、今年の夏は出来ずに終わりました。

                      体温より気温が高くなるのが当たり前になり、身近に熱中症で亡くなる方がいたりで、エアコンの効いた室内に籠らざるを得ませんでしたから。

                       

                      この作品の中で、別荘地の更に山奥にある、子爵家の別荘だった蔦屋敷に暮らしている鷹原翔は、今も生きていれば還暦を過ぎ、娘の百合香は30代半ばになるでしょうか。

                      淳が双頭の王子と2人の囚われの姫を壁画に描いた蔦屋敷は取り壊され、今はもうない。

                       

                      早くに亡くなった翔の妹百合、百合と結婚した後は、パリから絵葉書をよこしたきり音信不通の淳、美貌と才能、運にまで恵まれた淳の異母兄の太郎は、親の愛に飢えて異母弟に嫉妬した挙句に犯罪に走り、最後には淳の壁画を台無しにしようと黒いスプレー塗料を携えて塔を登り、淳の母に窓から突き落とされて死んでしまう。実の子を守ろうとして義理の子殺しになってしまった淳の母。もしかしたら翔と百合の祖父なのかも知れない太郎と淳の父…

                       

                      彼等の物語が書かれた紙の束を見つけた2010年の百合香は、それを塔の窓から放り捨てる。老朽化した蔦屋敷から出て行く日に。

                      「あんなものが何になろう。」

                      と。

                      子供の頃慕っていた淳を、「醜い叔父」と切り捨てながら。

                       

                      この物語を書き留め、長櫃の二重底に隠したのは、この作品のメインの部分「夏」の語り手、淳なのか…。

                       

                      この2018年の夏に、もし鷹原翔と娘の百合香が生きていたら、どうなっているでしょうか。

                      新たな洋館を建てるのは難しいと思いますが、どこかの異国情緒溢れる館で、今も召使いに傅かれて暮らしているでしょうか。

                      それとも、没落貴族のように暮らしているでしょうか。

                      あるいは百合香がバリバリ働いて、翔を養っていたりするのでしょうか。

                       

                      ……ついついそんなことを考えてしまいました。

                       

                       

                       

                       



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