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ブライアン・メイのピック代わりが今やアクセサリーに… オールド6ペンスコイン

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    クイーンのブライアン・メイが、ギターをピックの代わりにオールド6ペンスコインで弾いていたのは有名な話です。

    今は、感触が似ているらしく、オーストラリアの5セント硬貨を使っているそうですが。

     

    こちらの本のおまけに、オーストラリア5セント硬貨の方がついていましたね。

     

     


    レッド・スペシャル・メカニズム クイーンと世界をロックさせた手作りギターの物語

     

     

    本家大本(?)のブライアンが代用品を使っている位だから、イギリスの6ペンスコインはもう入手出来ないのだろうな、

    と思っていたのですが…

     

     

    「幸運の6ペンス」ということで、アクセサリーになっていたのですね!

     


    【EXILEのATSUSHIさん着用】アクアシルバー AQUA SILVER 6ペンスコイン ペンダント/ネックレス(シルバーチェーン付き・50cm) シルバー925製 ASP-240F/GLZ.BRZ.BZ-50【幸せのコイン】

     


    (ジャジャブーン) JAJABOON 幸福の6ペンス コイン コンチョ 本革 ベルトループ キーホルダー 黒 本革(レザー)製

     

     

     

     

     

    6ペンスコインのみの販売もあるようです。

     


    1959年 6ペンス コイン 幸せな結婚のために

     

     

    …まあ、この値段を見る限り、ギターを弾くのに使うのなら、現在も流通しているオーストラリアの5セントコインを使った方が良さそうな気がしますが。

     

     

     

     

     


    本当に性格が悪かったのか?グレッグ・レイク

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      エマーソン・レイク&パーマー―衝撃のロック・トリオ伝 (1977年)

       

       

      グレッグ・レイクというと、「性格が悪いことで有名」と、キース・エマーソン追悼のムックに書かれる位に性格が悪いことで有名ですが、その根拠は一体どこにあるのでしょうか?

       

      私が知っている限りでは、

      ・’72年の初来日の時、常に命令口調でプロモーター側の印象を悪くした。

      ・同じく初来日の時に、一晩に複数のグルーピーを相手にして、しかもそれが連日続いたので呆れられた。

      ・エマーソン レイク&パウエル以降、キース・エマーソンがグレッグ・レイクを嫌い抜いてしまい、インタビューでは悪口の言い放題、自伝では人格否定の書き放題の状況が、エマーソン&レイクの前まで続いた。

      …この位でしょうか。

       

       

       


      エマーソン・レイク&パーマー (KAWADE夢ムック 文藝別冊)

       

       

      初来日の時というと、グレッグは24才。若くして世界的成功を手にし、若気の至り真っ盛りだったことでしょう。

       

      キースとの確執については、ELパウエルの頃からしばらくの間、キースが軽躁状態で苛立っている時に、何故かグレッグを八つ当たりの的にするようになったのではないでしょうか。この頃のキースのグレッグに対する人格否定は、文字通り正気の沙汰ではなかったような気がします。

      グレッグがキースを攻撃し返すことがなかったのは、

       

      「キースは病気なのだから仕方がない。」

       

      と、何も言わず我慢していたからのように思えてなりません。

       

      それに、キースが亡くなった時には、グレッグはキースに好意的な発言をしていました。

      当時グレッグは、2年前に末期ガンの宣告を受けていて、転移もしているので手術は出来ず、おそらく抗ガン剤や放射線治療を受けたと思われますが、ガンを撃退することは出来ず、グレッグ自身の体を痛めつける結果となっていたようです。

      2015年の終わりには、グレッグは見分けがつかないほど痩せて、杖をついて歩き、両手が思うように動かせなくなって最愛のギターを弾くことは出来なくなっていたそうです。

       

      また、自伝LUCKY MANの原稿を、グレッグは亡くなる直前まで、つまり痛みが酷くなってホスピスに入ってからも書いていたといいますが、おそらくそこまでして書いていたのは、出版された自伝の内容からすると、末期ガンの宣告を受けた自身の死生観ではなく、キースの逝去に関して、彼は人の評価を気にして自殺するような弱い人間ではなかった、という弁護の方だったと思われます。

       

      …はて、こういうことをする人を、性格が悪い奴と呼んでいいものでしょうか?

       

       

       

       

       


      何故キース・エマーソンは死んだのか 番外編

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        何故キース・エマーソンは死んだのか

         

        キース・エマーソンが亡くなって間もない頃のことです。
        相手が忙しくしていて、長いこと会っていない知人がいました。当時は私の方も手術だ入院だと余裕がなかったので、連絡がつくのはSNSでのやり取りのみ、という状態。

        そんな中、いきなりその知人がSNSに、キース・エマーソンの死去についての記事と、ELPのアルバムレビューを上げたのです。

         

         

        その記事によると、知人はプログレには殆ど興味はなく、キース・エマーソンの死も知らずにいたが、卒業後は全く会っていなかった高校時代の同級生の女性から、いきなり携帯に電話がかかってきたのだそうです。
        高校の頃というと40年近い昔で、当然携帯電話などない頃ですから、おそらく番号を知っていそうな人を片っ端から当たって、探し当てたのでしょう。
        そして、キース・エマーソンが自殺してしまって悲しいと、一方的に延々と話し続けたのだそうです。

         

        そんな中で、彼女はELPの思い出なども滔々と語ったそうで、その語りをまとめたらアルバムレビューになったから、と、知人は苦笑している様子が目に見えるような記事を書いていましたね。

         

         

         


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        何でも、当時の同級生で洋楽を聴くのは知人とその女性だけだったそうで、知人はプログレにもその女性にも何の興味もなかったというのに、彼女は自分のプログレのLPを何枚も何枚も、一方的に貸してくれたのだそうです。
        誰かに分かってもらいたいという一心で、そういうことをしていたそうなのですが。
        そして、だんだん鬱陶しくなってきた知人がキース・エマーソンの悪口を言うと、彼女はカンカンに怒って近寄らなくなったのだそうで…。

         

         


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        今にして思えばこの同級生の女性は、境界性人格障害(別名ボーダー、ネット用語ではボダ)か、同じ傾向がある人だったのではないかと思えます。

        高校生の頃、別に嗜好が同じわけでもない相手に、一方的に結構な数のレコードを押し付けるように貸し続けたり、その後40年近く経っていい年の大人になってから、その相手の携帯番号を探り出して電話をかけて、一方的にキース・エマーソンが自殺してしまって悲しい、と、数時間もの間話し続けるというのは、普通の人間のやることではないですよね。

        このネット時代、SNSや掲示板を利用すれば、同じ想いのファンと交流することなど簡単に出来るというのに。

         

         


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        ゾッとしてしまうのが、10代の私にELPを教えてくれたキース・エマーソンファンの年上の知人というのが、後で分かったのですがボーダーの女性だったんですね。
        この女性から私はターゲット、ネット用語でいうところのタゲにされ、嫌がらせ八つ当たり、上から目線の嫌味や妬み嫉み等々、実害を伴う色々な被害を受け、こちらが拒絶しても相手は懲りることなく執拗に私に付きまとい、それが十年程続いたので、私は転職引越しを余儀なくされました。

         

        怖ろしいのが、音楽の嗜好が同じと分かった知人が実はボーダーだった、というのはこのケースだけではないことです。
        そういう人達は、単なる顔見知りとして付き合っている時には普通だったのに、同じミュージシャンが好きだと分かると、社会常識を逸脱するような真似を私に対してしてくるようになるのですね。訴訟を起こすことを本気で考えたケースもありました。

         

        おかげで私は、プログレ系の音楽が好きだと安易に言うと、ボーダーのターゲットにされる危険性があるから注意した方がいい、と思わざるを得なくなりました。

         

        キース・エマーソンは幼児期に、戦後の混乱期で仕方がなかったとは言え虐待に近い育て方をされて、成人後に社会的成功を治めても上手く適応出来ず、精神を病んで、最後には71才で自殺してしまいました。

         

        何か、キースの生い立ちと熱狂的なファンにボーダーが多いこととは、無関係ではないような気がして、いささか怖いのですが…

         

         

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          キースが遺書を残さず死んでしまった今、彼の自殺の理由を知ろうとするのは、あまり意味のないことだと思います。

          それでも私が辞書片手に、あれこれ調べざるを得なくなったのは「変だったから」でした。

           

          キースは、グレッグの証言によれば、どうも双極性障害だったのではないかと思われます。

          確かカールも、

           

          「キースは鬱病だったからね。」

           

          と、キースが亡くなった後のインタビューで話している記事を見たことがあります。

          もっとも、カール本人はキースの鬱のことを知らず、亡くなった後で知ったと語るインタビュー記事もあるようですが。

           

          キースはどうやら鬱の時にはグレッグ・レイクが「重篤な」という言葉を使う程だったのに、どうも家族がそんな彼を助けようとした痕跡が見当たらないのです。

          そう言えばキースが亡くなった頃、私が知人に、彼は双極性障害を放置していたのではないか、と話した時、その知人は

           

          「結婚歴もあり家族と暮らした時期のあるエマーソンが、精神病を専門家に見せずに放置していたとは考え難い」

           

          と言っていましたが。

           

           


          キースエマーソン インタビューズ

           

           

          キースは、ナイス時代にダンサー志望の家出娘だったという、当時は英語を上手く話せなかったデンマーク美女のエリノア夫人と結婚して、この「キースエマーソン インタビューズ」の発売された少し前に離婚しています。

          離婚した後、イギリスにいた頃には、キースは母親と一緒に暮らしていたと思える話もあります。 キースの家を訪ねると、キースはキーボードの下敷きになりながら弾くステージアクトの練習をしていて、母親がその様子を平然と見ていたので驚いた、なんて話を読んだ覚えがあります。

          晩年には、美魔女な日本人のパートナーと10年連れ添っています。

           

           


          The Christmas Album

           

           

          案外、家族が

           

          「キースはロックミュージシャンでアーティストだから、変わっていて当たり前。 狂躁的な行動を取ろうが、脅えて社会不適応を起こす位に繊細だろうが、別におかしくはない。 だから、心配する必要はない。」

           

          位にしか思わず放置していたのかも知れません。

           

          あるいは、もし双極性障害を治療してしまったら、インスピレーションやイマジネーションの源泉が枯れてしまい、ミュージシャンとして生きていくことが難しくなるからとキースが治療を拒否して、周囲の人々もそれを受け入れざるを得なかったのかも知れません。

           

          こちらのDVDには、関係者達が、キースは常に音楽のことしか考えていなかったと話す映像がありますし、グレッグ・レイクがキースが亡くなった後のインタビューで、

          「もしELPがロックの殿堂入りする日が来たとしても、彼は故人だからと除外されてしまう。キースは彼の生を音楽に捧げたというのに…本当に狭量だよね。」

          というようなことを話していたと思います。

           

           


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          私が一番違和感を覚えたのが、2016年4月に予定されていた日本公演でした。

          連日昼夜二公演というハードなもので、何故持病を抱えた高齢者にこんな真似をさせようとしたのか?そんなに時間がなかったのか?と思えば、来日予定は1ヶ月も前の3月半ばだったというし、アメリカへの帰国予定は、カール・パーマーによれば5月だったそうです。

          そんなスケジュールで日本に行く直前に、キースは夜中に拳銃自殺してしまった。

          キースは突発的な自殺に走り易い病気で、1人取り残されると恐怖や絶望感を感じ易くなるトラウマを抱えていた。

          一体これは何なのか、と。

           

          キースのパートナーが自殺の原因を語るニュース記事が今もネットに掲載されていますが、これはすぐ後に、パートナーの女性がTwitterとFacebookに、

           

          「私はあんなことは言っていない‼

          信じてちょうだい。私の言い分は捻じ曲げられてしまったの。」

           

          と、かなり憤慨した様子で書いていたようです。

           

          ならば、本当は何と言ったのか説明して欲しかった。もし出来ない事情があったなら、「人の噂も七十五日」なのだから、公開する形の発言は肯定も否定も一切せずにいて欲しかった、というのが正直な思いです。

           

           

           

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          キース.エマーソン自伝より

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            キース自身の自伝、「キース・エマーソン自伝」には、グレッグ・レイクの証言を裏付けるような記載もあります。

             

             


            キース・エマーソン自伝

             

             

            キースは終戦の前年の1944年11月2日生まれで、幼児期がそのまま戦後の混乱期に当たる世代です。
            子供の頃家は貧しく、お母さんは、お父さんが1946年3月に除隊して帰ってくるまで働きづめで、それ以降も

             

            「父の電話技師としての給料と母の学校給食管理士としての給料を合わせても、我が家の収入は少なく、三人がぎりぎり食べてゆけるぐらいだった。だから私に鍵盤をいやいや叩かせるようなゆとりはなかったわけだ。しかしなぜ、そこまでして私にピアノをやらせたのか、私にはわからなかった。」

             

            というような状況で、7才で引っ越すまでは小さなアパートの最上階に住んでいたそうです。

            そして、4才で小学校に入学した(ヨーロッパでは、日本やアメリカでは幼稚園入園の年で小学校入学となるようです。)時には、

             

            「私は他の子たちと一緒に遊んだことがないし、友達になったことなどもちろんない。事実、他にも背の低い人がいるということさえ知らなかった。」

             

            というような状態だったようです。

             

             

            何故こんなことになったのかというと、母親が忙しく、もしキースに何かあっても、すぐに対応出来ないからというのが一番の理由だったと思います。

             

            また、ピアノのレッスンだけではなく、キースには「写真と釣り」という趣味があったようです。
            このDVDに、メンバー全員がインタビューに答えて趣味について語っている画像があります。

             

             

             


            Masters From the Vaults [DVD] [Import]

             

             

            どうも労働者階級出身の様子のグレッグ・レイクは、

             

            「趣味なんて考えたこともない。ひたすら働いていた。ミュージシャンになれなかったら自殺するしかなかった。」

             

            と語っていますが。

            ちなみにこの当時のカール・パーマーの趣味は、ドライブだそうです。

             

            ロンドンに長いこと住んでいた写真家ハービー山口によると、イギリスで写真というのはお金のかかる、中流階級以上の人達のすることなのだそうです。

            ロンドンの下町で労働者階級の女性が、「写真家」の英語photographerを、日頃めったに使うことがないためか、正確に発音出来なかったのに驚いた、というような記載が、著書の中にあったと思いますが。

             

             


            Climb女王陛下のロンドン

             

             

            これは私の憶測ですが、キースは中流階級の出であったけど、戦後の混乱期に家が貧乏になってしまい、労働者階級の住人の多い地区でアパート住まいを余儀なくされ、その間キースは、階級の違う近所の子と遊ぶことを禁じられていたのではないでしょうか?

             

            またこの自伝の中には、大成功をおさめたELP時代、キースは社会的責任が重くなったことにプレッシャーを感じ、観客の前に出ることに対して酷い恐怖症に悩んでいたことが語られています。

            アルコールに依存し、常にコニャックの瓶を手放さなかったことも。

            また、Works録音時以降のコカイン依存や睡眠薬依存、鬱になりがちだったことも、簡単にですが書かれています。

            最初に受けた右手の手術についても書かれていますが、正直、かかる医者を間違えたとしか思えない印象を受けます。

            そして、

             

            「バークレイズ銀行は、再結成された1970年代のスーパーグループ『エマーソン レイク&パーマー』のキーボーディストでロックスターのキース・エマーソンに、14万6000ポンドの未払い債務に関する支払い命令を出した。 『デイリー・メイル』1993年6月13日」

             

            という新聞記事が紹介されており、キースは金銭的な問題を中年期には抱えていたようです。

            はたして、老後の為の貯えは充分にあったのでしょうか?

             

             


            Pictures of an Exhibitionist

             

             

            …どうもキースを見ていると、グレッグ・レイクでなくても、 「もし厭世的は気持ちになったりしたら、部屋を出て、誰かに今自分が何を感じているか話して、相談して欲しい。」 と言いたくなってきても、不思議ではないように思えてくるのですが…。

             

             

             

            何故キース・エマーソンは死んだのか

            に続く。

             

             

             

             

             


            グレッグ・レイク自伝LUCKY MANより

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              3月10日の晩、キースは風邪で熱があり、彼のパートナーはそんなキースを寝かしつけた後一人で出掛け、日付けの変わった頃に帰宅した。

              キースは眠っているように見えたが、やがて彼女は何が起きたのか知ることとなり、警察に通報した。

              そんな海外サイトの報道があったと思います。

               

              パートナーの女性も、もし彼が鬱状態だと分かっていれば、熱のある彼を一人残して出掛けることはなかったと思います。

               

              どうもキースは、今となっては鬱なのか躁鬱なのかはっきりしない病気を、きちんと専門家に相談せずに、鬱だと思って市販薬に頼っていた様子です。

               

              グレッグ・レイクの自伝にそんな記述がありましたし、またキースの死去を知らせるネット記事の中に、キースが自身の鬱病とアルコール依存を行政に相談していたらしいことは書いてありましたが、実際に治療を受けていたという情報はなかったように思います。

               

              双極性障害II型を鬱と間違えて治療した場合、患者はラピッドサイクラーと呼ばれる状態に陥りやすい、と、ネット記事で読んだことがあります。
              文字通り、躁と鬱のサイクルの移り変わりが早くなってしまうのだそうです。

               

              もしキース・エマーソンの病気が双極性障害II型だったら、晩年には鬱なのかそうでないのかの見極めが、周囲からは難しい状態だったのかも知れませんね。

               

               


              ザ・キース・エマーソン・トリオ

               

               

              さて、このパートナーの女性の証言からすると、キースの自殺の原因は、「夜中に一人で家に取り残されたから」ということになりそうです。

              ただ、晩年のキースは、こんな理由で自殺してしまったりする程老いても弱ってもいなかった印象も、あるように思えます。

               

              精神障害というと、健常者に比べて精神的に弱くてだらしのない者がかかる病気、といった印象を持つ人が多いようです。

              実際にはそんなことはなく、むしろ普通の人間が、矛盾していたり厳し過ぎたりといった、我慢することも乗り越えることも難しい状況に長く置かれた場合、精神障害というものは起きるようですが。

               

              高齢者と言っていい年齢にもかかわらず、老いても弱ってもいない印象のキースが、家に一人で取り残されたからといって、突発的に護身用の拳銃で頭を撃ち抜いてしまうような、恐怖や絶望を与えてしまうような要素とは一体何なのか…

               

               

               


              Live In Piacenza

               

               

              グレッグ・レイクは自伝LUCKY MANにこう書いています。

               

              「キースの人生は悲劇的な終焉を迎え、本当に何がこんなことを引き起こしたのか、誰も確信することなど出来ない。しかし私は、キースの子供部屋の中の小さな男の子の孤独が、どうしたものか帰ってきて、晩年の彼に付き纏っていたのではないかと思わずにはいられないのだ。 」

               

              「数年前、キースと私はリッチモンドの私の家で、二人して曲を書いたことがある。その時私は彼に、何が音楽のインスピレーションやイマジネーションの源だと考えているか尋ねた。 
              すると彼は、自分は一人っ子で、子供の頃はアパートの4階か5階に住んでいた。彼のベッドルームからは、同じアパートに住む子供達が、皆集まって遊んでいた小さな空地の芝生がよく見えた。色々事情があって、キースの母親は彼に、表に出てよその子供達と遊ぶことを許さなかった。結果的には、何年にもわたり彼は独りぼっちの部屋に監禁されたも同然だったと、私に説明した。 

              続けて彼が、今でも一人でいると、時おり頭の中に子供の声が聞こえてくる。楽しそうに笑って遊んでいる声が。そのたびに、あの頃の自分がどれだけ淋しかったか思い出してしまう、と語った時、私は彼の声が、少しだけ震えているのに気付いた。 
              そのことが彼に影響を与えているのか訊くと、彼の答えは、あれだけ長いこと独りぼっちで部屋にいたことは、自分の創った世界に籠るよう促されたも同然だった、というものだった。 」


              …大変なトラウマだと思います。
              長い引用になりましたが、この孤独な子供時代が、成人後の彼の精神障害の根本的な原因だったとしても、不思議ではありません。

              しかも、この「子供部屋の中の小さな男の子の孤独」の中で紡いだ空想の世界が、キース・エマーソンのミュージシャンとしてのインスピレーションやイマジネーションの源だった…

               

              確か、キースのパートナーの証言の中に、

               

              「彼の頭の中には、常に音楽があった。それは眠っている時も同様で、夜中にいきなり起きて作曲を始めることもあった。
              出来た曲は、美しいものばかりだった。」

               

              というものがあったと思いますが、それに夜中に起きて頭を撃ち抜いてしまった彼の最期と、グレッグの証言を重ね合わせて考えると、何とも言えない気持ちになります。


              「芸術家は子供時代の孤独によって生み出される」


              というような意見を、よく見聞きします。芸術家と何とかは紙一重とも。
              キースは、演奏家としての生来の才能に恵まれていた上に、ある意味、芸術家として育つ環境にも恵まれていたと言えるのかも知れません。
              ミュージシャンとしてのこんな在り方が幸せなのか不幸なのか、私には分かりませんが。

               

              グレッグが自伝の中で、

               

              「彼の信じ難いほど画期的な独創性の一部分は、孤独や孤立感を締め出したいという切望から生まれたのだ。」

               

              とキースの音楽性について語るのに、同意したくなる方もいるのではないでしょうか。

               

               


              恐怖の頭脳改革+3(K2HD HQCD/紙ジャケット仕様)

               

               

              ちなみにグレッグの自伝LUCKY MANは、2012年頃には書き終えていて、後は出版社の都合を見て、出版するのを待つばかりになっていました。
                
                2014年の2月に、グレッグが末期の膵臓がんの告知を受け、その時に加筆を希望したと思われます。
                
                自伝の最後では、がん告知の際、自分でも驚く位に死への恐怖を感じなかったという彼の死生観が語られていますが、内容からすると、ネットのニュースで出版社の重役が語っていた、グレッグが亡くなる直前まで書いていた記載とは、最後から2番目のキースの死去についての部分だったと思います。亡くなる直前というと、スチュワート・ヤングのあとがきによれば、グレッグは痛みが酷くてホスピスに入っていたといいます。

               

              この自伝の、キース・エマーソンの項の最後は、こんな言葉で締め括られています。

              「時折我々二人の間に不協和や論争があったとしても、私の知るキース・エマーソンを思い出せば、ハモンドオルガンやムーグシンセサイザーといった楽器を人間であるかのように語らせる才能を持ち、彼自身の創り上げた音楽を司る類い稀な天才としての生きざまばかりが甦る。

              キースは彼の芸術の、真の巨匠だった。」

               

               

               

               

              キース.エマーソン自伝より

              に続く。

               

               


              グレッグ・レイク自伝LUCKY MANより

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                キース・エマーソンの自殺の原因として報道されていることが、キースのキャリアと照らし合わせると、どうもそぐわない感じがすると私は思っていたわけですが、グレッグ・レイクも私とほぼ同じことを感じていたようです。

                 

                まず、自殺の原因として最も語られることの多い、キースの右手のフォーカルジストニアですが、これは再結成ELPの頃、グレッグによれば1994年、ELPの"In the Hot Seat"レコーディング時からのものだそうです。

                 

                当時キースは右手の疾患を理由に、プレイヤーとしては引退して作曲家として活動する、と発表したのですが、その直後に再結成ELPの再来日が決定する、という訳の分からない事があったので、私も何となく覚えています。

                 

                それでもキースは20年以上もステージに立っていたわけです。なのに、いきなり今になって、弾けない自分が許せなくなったと言って、頭を撃ち抜いてしまったりするものでしょうか。

                 

                 


                イン・ザ・ホット・シート(紙ジャケット仕様)

                 

                 

                グレッグも全く同じ意見で、

                「だから、この病気が突然彼を 自殺に至らしめたという説には、私は今ひとつ納得がいかない。」

                と書いています。

                 

                 


                リターン・オブ・ザ・マンティコア

                 

                 

                更にグレッグは、キースが近年ネットにハマっていたことを認めながらも、ネットの酷評を気に病んで鬱を悪化させて自殺した、という説については、

                 

                「キースと私は共に、全生活を大衆の目にさらされるような人生を歩んできており、気がつけば世界の至るところで、侮辱や批判の的にされていることなどしょっちゅうだった。
                私は本当に不思議に思うのだが、晩年にそんなことの1つや2つ起きたからと言って、あのような悲劇的な反応を引き起こせるなどと、本気で思っているのだろうか。 」

                 

                「いずれにしても私は、この手の否定的なコメントが独自に、彼の分別を吹き飛ばすのに充分な力を発揮するなどとは、全く信じられない。 」

                 

                と、あの神経質そうな眉をしかめながら、

                 

                「彼はキース・エマーソンだぞ!」

                 

                と呟く様子が目に浮かぶような文章を書いています。

                 

                本当に、キースは右手の薬指と小指が動かなくなろうが、世界各国の評論家から酷評されようが、自殺してしまう程弱くはないはずなんです。今までの彼のキャリアが、それを証明しています。

                 

                では、何故キース・エマーソンは死んでしまったのでしょうか。

                 

                 

                グレッグ・レイク自伝LUCKY MANより

                に続く。

                 

                 


                グレッグ・レイク自伝LUCKY MANより

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                  3月11日には、私はパートの仕事を休んで家にいました。2月の始めに乳がんの全摘手術と、乳房再建手術の為のエキスパンダーを入れる手術を受け、退院したばかりでした。
                  末期のがん患者の方もいる病室で1ヶ月近くを過ごし、死と隣り合わせのような心境に陥っていたところに、子供と言っていい年頃からずっと好きだったミュージシャンの拳銃自殺のニュース…

                  「いったい何故!?」

                  とネットで調べまくり、ついには辞書片手に海外の英語のサイトまで調べ、最後には

                  「キースが死んだおかげで、翻訳が出来るようになっちまったよ!」

                  と泣き笑いしました。

                   

                   


                  エマーソン・プレイズ・エマーソン

                   

                   

                  キースは突発的に自殺したようでした。

                  最大の理由は、鬱病だったからだと言われていますが、鬱病患者は、こんな風に突発的な自殺を図るものなのでしょうか?例えば、加藤和彦がそうだったように、自殺を図る前に、用意周到に後々のことまで考えて準備をするような印象があるのですが。

                   

                  グレッグ・レイクも、キース・エマーソンは、Worksのレコーディングの頃から鬱病だったと発言しています。

                   

                   


                  Works Orchestral Tour: Manticore Special [DVD] [Import]

                   

                   

                  彼の自伝LUCKY MANには、こんな風に書かれています。

                   

                  「我々キースと近しい者は皆知っているが、彼は本当に不安げな人で、定期的に重篤な鬱病の発作に陥り、それはしばしば自己不信を募らせた。そしてその次には、彼はあれやこれやと大衆薬に頼るようになるのだった。」

                  「キースの性格には、はっきりと違いの解る2つの面があって、ひとつはとても明るく、笑って冗談を言い、子供のように屈託がなかったが、もうひとつの方は過ぎる程に暗く怯えた、突然出現した遠い国から来たかのような風情だった。この違った側面それぞれを、調和させることは出来なかった。」

                   

                  定期的に鬱病になり、性格にはっきりとした二面性があるというと、キースは躁鬱病、今の呼び方では双極性障害だったのではないでしょうか。

                  Works発表後に、莫大な経費がかかるオーケストラを率いた北米ツアーをキースが強行し、大きな赤字を出してしまったというのは有名な話です。その埋め合わせにEL&Pは働きづめとなって、モチベーションを低下させてしまい、それが解散へと繋がったと。

                  これも、キースが躁状態の時のことだった、とすれば、納得のいくことだと思えますが。

                   

                  何でも、双極性障害には躁と鬱を繰り返すI型と、軽躁と鬱を繰り返すII型があるそうです。キースは、I型より軽いように見えるが、衝動的行動が目立ち、自殺行為に走り易いという、II型の方だったのではないでしょうか。
                  II型の場合、「混合」と呼ばれる、頭は鬱の厭世観に支配され、体は躁の焦燥感を伴う行動力に支配された、自殺に走り易い状態になることがあるようです。

                   

                  また、キースはロックミュージシャンだった為、軽躁状態だったとしても、ああいう仕事をしていればあの位ハイテンションでも当たり前、と思われても不思議ではなかったように思います。

                   

                   

                   


                  Lucky Man: The Autobiography

                   

                   

                   

                  グレッグ・レイク自伝LUCKY MANより

                  に続く。


                  グレッグ・レイク自伝LUCKY MANより

                  0

                    JUGEMテーマ:ROCK

                     

                     

                    4月の日本公演の為の来日を目前に控え、ロック界のスーパースター、キーボーディストのキース・エマーソンが護身用の拳銃で頭を撃ち抜いて自殺したのは、2016年の3月11日でした。
                    遺書はなく、キースは元ナイスのベーシスト、リー・ジャクソンの結婚式(!)への出席や、友人のミュージシャンとのセッションなどいくつもの約束をしており、自殺は突発的なものと考えられます。 

                     

                    自殺の原因として報道されているのは、 

                    「右手のフォーカルジストニアが徐々に悪化し、手指が思うように動かせなくなって、鬱病になっていた。」 

                    「ネットに『もう出て来ないで欲しい』等とキースを非難する書き込みがされているのを気に病んでいた。」 

                    「繊細な完全主義者で、弾けない自分を許せず、思い詰めていた。」 

                    こんなところでしょうか。 

                     

                     


                    アット・ザ・ムーヴィーズ

                     

                     

                    私は、最初これらの報道を聞いた時には、 

                    「そんなに追い詰められていたのか…」 

                    と号泣したものですが、後になって、どうもキースの今までのキャリアと照らし合わせると、矛盾しているのではないか、と思うようになりました。 

                     

                    同じ年の12月7日に、エマーソン レイク&パーマーのベーシスト、ギタリスト兼ヴォーカリストのグレッグ・レイクが3年近い末期の膵臓がんの闘病の末に亡くなり、翌年の6月に、グレッグが亡くなる直前まで書いていたという自伝LUCKY MANが出版されました。 
                    このLUCKY MANの最後の方にキースの逝去へのグレッグの想いが、4ページ程綴られています。 

                     

                    それは、私にとって同意も納得もできる内容でした。

                     

                     


                    Lucky ManThe Autobiography【電子書籍】[ Greg Lake ]

                     

                     

                     

                    グレッグ・レイク自伝LUCKY MANより

                    に続く。

                     


                    憧れのロンドントラディション ダッフルコート

                    0

                       

                      JUGEMテーマ:日記・一般

                       

                      何故か私は、大人になってもダッフルコートを着続けることに憧れておりました。


                      まだ子供の頃、ミセス向けの女性誌(昭和40~50年代をご存知の方になら、この言い方を理解していただけるかと…(笑)に、

                      「学生向きのイメージが強いがもともとはイギリス海軍の制服だったダッフルコート。大人が着ると、また違ったニュアンスが」

                      というようなページがあって、そこに載っていた写真が素敵だったので、着ているモデルが外人だったのを深く考えることもなく、

                      「大人になってもダッフルコートを着て、『粋』とか『洒落た』とか呼ばれるような着こなしをするんだ!」

                      とか何とか思ったりしたんですね(笑)。

                       

                      さて、50代の私が着ても、娘のお古を着てるようには見えないダッフルコートはないかと探してみたところ、ありました。本場イギリスの、ロンドントラディションのダッフルコートが。

                       

                      イギリスのメーカーのコートは日本製に比べてカラーバリエーションが豊富なようで、こちらの色見本にあるフューシャ(ピンク)とか、

                       


                      (ロンドントラディション)LONDON TRADITION 英国製ダッフルコートロング レディース ERICA WOMENS

                       

                      こちらの色見本のロイヤル(ブルー)とか、

                       

                       


                      (ロンドントラディション)LONDON TRADITION 英国製ダッフルコートロング Aラインシルエット レディース FORTIS

                       

                       

                       

                      ブルーベース、ウィンタータイプの私は、

                      「ああ、こういう色のコートが欲しかったのよ!」

                      と、目が❤になりそうな勢いで思ったものです。

                       

                      ちなみに、ブルーベースとは、文字通り青味がかった色を着ると顔色が引き立つタイプのことで、ウィンターというのはブルーベースの中でも、コントラストのはっきりしたコーディネイトが似合うタイプですね。白と黒とかの。

                       

                       


                      カラー・ミー・ビューティフル (講談社+α文庫)

                       

                      そこで、狂喜した私が即ロンドントラディションのダッフルコートを買ったかと言うと… 残念ながら、今回は買わないまま冬が終わりました。

                       

                      2年程経っているとは言え、やはり寒くなると、手術した右胸が痛み、腕も上げにくくなります。

                      ダッフルコートは分厚くて重いと決まってますし、レビューを見ると、このダッフルコートは厚さも重さも結構あるようで、もし今着たら辛くなりそうな感じがしたので。

                       

                      早く着たいものが何でも着られるくらいに元気になりたいものです。

                       

                       

                       



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